なぜ行方不明の相続人がいると遺産分割が止まるのか

相続が開始すると、遺言書がない場合(あるいは遺言に含まれない財産がある場合)、遺産分割協議によって誰がどの財産を引き継ぐかを決める必要があります。この協議は、法定相続人全員が参加し、全員の合意によって成立します(民法907条)。

「全員の合意」が必要である以上、相続人の中に一人でも行方不明者がいれば、残りの相続人だけでいくら話し合っても、その遺産分割協議は無効です。たとえば、父が亡くなり、母と長男・次男の3人が相続人だとして、次男の所在が不明であれば、母と長男だけでは協議を完結させることができません。

行方不明者を「除外」して協議しても法的効力なし

行方不明の相続人を「欠席扱い」にして残りの相続人だけで協議し、遺産分割協議書を作成しても、その協議書は法律上無効です。金融機関や法務局(不動産登記)の手続きでは受け付けてもらえず、後に行方不明者が現れた場合に協議のやり直しを求められるリスクもあります。

結果として、銀行口座の解約・払戻し、不動産の相続登記(2024年4月から義務化)、相続税の申告(10か月以内)などの期限が迫っているにもかかわらず、手続きが一切進められない――という状況に陥ります。だからこそ、法律が用意した打開策を知り、早期に行動することが不可欠なのです。

まず試みること――戸籍の附票で住所を追跡する

不在者財産管理人の申立てや失踪宣告といった制度を使う前に、まず現実的に相続人の住所を探すことが出発点です。いきなり裁判所手続きに進む前に、以下の方法を試みましょう。

戸籍の附票(ふひょう)を取得する

戸籍の附票とは、本籍地の市区町村が管理する住所の履歴一覧です。戸籍に記載された人が、これまでどの住所に住んでいたかの変遷が記録されています。相続人は、被相続人や自分との続柄を証する戸籍謄本を添えることで、行方不明の相続人の附票を取得できます。附票に記録された最新の住所に手紙や書留を送ることで、連絡がつく場合があります。

[住民票と附票の違い]
住民票は現住所だけを証明するものですが、附票は過去の住所遍歴を含みます。相続手続きでは、附票の方が「最後に把握されている住所」を調べるのに有効です。ただし、相手が住民票を移していない(いわゆる住所不定の)場合には、附票でも現住所を特定できないことがあります。

それでも所在が判明しない場合

附票で確認した住所に連絡しても本人が見つからない場合、あるいはそもそも長年にわたって音信不通の場合には、次の2つの法的手段を検討します。

手段 1 不在者財産管理人
(民法25条)
手段 2 失踪宣告
(民法30条・31条)

どちらを選ぶかは、生死不明の期間や状況によって異なります(詳しくは第7章で解説します)。

不在者財産管理人とは――民法25条の制度と申立て手続き

不在者財産管理人とは、従来の住所または居所を去り、容易に戻る見込みのない者(不在者)の財産を保護・管理するために、家庭裁判所が選任する管理人のことです(民法25条)。行方不明の相続人が「不在者」に該当する場合、その代わりとして管理人が財産管理を行い、必要に応じて遺産分割協議に参加します。

申立てができる人(申立権者)

申立てができるのは、利害関係人または検察官です(民法25条1項)。相続手続きが進まなくて困っている他の相続人は、ここでいう「利害関係人」に当たりますので、申立てが可能です。

申立て先と申立書類の概要

申立先は、不在者の従来の住所地または居所地を管轄する家庭裁判所です(家事事件手続法145条)。提出書類の具体的な内容や手数料については、裁判所または専門家に最新の情報をご確認ください。一般的には以下のような書類が求められます。

管理人に選ばれるのは誰か

管理人は家庭裁判所が選任します。申立人が候補者を推薦することはできますが、最終的な判断は裁判所が行います。実務上は、弁護士や司法書士などの法律の専門家が選任されることが多いです。管理人には報酬が発生し、不在者の財産から支出されます(財産が少ない場合、申立人が予納金を準備する必要があることもあります)。

[管理人選任後も不在者の財産は管理人が預かる]
不在者財産管理人が選任されると、不在者の財産は管理人の管理下に置かれます。管理人は財産を維持・保全することが本来の職務であり、遺産分割協議への参加は「権限の範囲外」となります。協議に参加するためには、別途、家庭裁判所の許可が必要です(次章参照)。

不在者財産管理人による遺産分割協議参加――権限外行為許可とは

不在者財産管理人が選任されたとしても、管理人がそのまま遺産分割協議に参加して合意できるわけではありません。遺産分割は、不在者の財産に重大な影響を与える行為であるため、民法上の「保存・管理」の範囲を超えます。

権限外行為許可の申立て(民法28条)

管理人が遺産分割協議に参加(合意)するためには、家庭裁判所に「権限外行為許可」を申し立て、許可を得る必要があります(民法28条)。許可の申立ては通常、管理人自身が行います。裁判所は、不在者にとって不利益でないか、遺産分割の内容が相当かどうかを審査します。

管理人選任 → 権限外行為許可 → 遺産分割協議に参加
2段階の家庭裁判所手続きが必要です。管理人の選任だけでは協議に参加できません。

許可が下りるための実務上の条件

裁判所が権限外行為許可を出すためには、分割案が不在者にとって法定相続分以上の取得を確保している内容であることが一般的に求められます。不在者に不利益な取り分(法定相続分未満)での遺産分割案では、許可が下りない可能性があります。

つまり、実務的には、行方不明の相続人の取り分は法定相続分どおり(またはそれ以上)に設定した遺産分割協議書を作成し、その取り分は管理人が管理するという形になることが多いです。「行方不明だから取り分を0にする」ということはできません。

不在者の財産はどうなるか

遺産分割で不在者が取得した財産(現金・預貯金など)は、管理人が引き続き管理します。不在者が後日現れた場合、管理人から返還されます。不在者が結局現れないまま亡くなったことが確認されれば、その財産は改めて相続手続きを経ることになります。

失踪宣告とは――民法30条・31条の制度と申立て手続き

失踪宣告とは、生死不明が一定期間続いた場合に、家庭裁判所への申立てによりその人を法律上「死亡したもの」とみなす制度です(民法30条・31条)。失踪宣告が確定すると、行方不明の相続人は法律上死亡したとみなされるため、その相続人が相続人の地位から外れ、代わりにその子ども(代襲相続人)が相続人になるか、相続人の構成が変わります。

申立てができる人(申立権者)

申立てができるのは利害関係人です(民法30条1項)。他の相続人は利害関係人に当たります。

申立て先

申立先は、不在者の従来の住所地を管轄する家庭裁判所です(家事事件手続法148条)。

申立書類の概要

一般的に必要とされる書類は以下のとおりです。詳細・最新情報は必ず裁判所にご確認ください。

公示催告と審判確定

申立てが受理されると、裁判所は公示催告(官報への掲載等)を行い、不在者の生存情報を広く募ります。普通失踪の場合、公示催告の期間は3か月以上とされています(家事事件手続法152条)。この期間内に生存の届出がなければ、裁判所が失踪宣告の審判を確定させ、死亡とみなされます。

普通失踪と特別失踪(危難失踪)の違いと死亡とみなされる時期

失踪宣告には、状況に応じて2種類があります。

種類 要件(生死不明の期間) 死亡とみなされる時期
普通失踪(民法30条1項) 生死不明の状態が7年間継続していること 7年の期間が満了した時
特別失踪(危難失踪)
(民法30条2項)
戦争・船舶沈没・震災等の危難に遭遇し、その危難が去った後1年間生死不明であること その危難が去った時

死亡とみなされる時期が重要な理由

失踪宣告で「死亡とみなされる時期」は、単なる形式ではありません。相続の開始時期がいつになるかを決定するため、非常に重要です。

たとえば、普通失踪の場合、7年の期間満了時に死亡とみなされるので、失踪宣告の確定が今年であっても、「7年前に死亡した」とみなされます。そのため、行方不明の相続人(失踪者)の相続が7年前にさかのぼって開始し、失踪者の財産(当然、その相続分も含む)は失踪者の法定相続人が相続することになります。

[失踪宣告の取消し(民法32条)に注意]
失踪宣告後に不在者が生存していることが判明したり、死亡とみなされた時期と異なる時期に実際に死亡していたことが証明されたりした場合には、家庭裁判所への申立てにより失踪宣告が取り消されます(民法32条)。取消しが認められると、失踪宣告を前提として行われた相続手続きや財産処分が遡って無効となり、財産の返還問題が生じる場合があります。善意の第三者への保護規定もありますが、複雑な問題が発生するリスクを認識しておく必要があります。

不在者財産管理人と失踪宣告のどちらを選ぶべきか

この2つの制度はどちらも「行方不明の相続人がいる場合の遺産分割を可能にする」ための手段ですが、仕組みが根本的に異なります。どちらを選ぶかは、状況(生死不明の期間・生存可能性・急ぐ度合いなど)によって判断する必要があります。

比較項目 不在者財産管理人 失踪宣告
前提となる状況 住所不明・所在不明(生死不明を問わない) 生死不明が7年以上(普通)または危難後1年以上(特別)
法的効果 管理人が不在者に代わり協議に参加(不在者は生存している前提) 不在者を死亡したとみなし、相続関係を確定させる
不在者への影響 後日現れれば財産が返還される(可逆的) 戸籍に死亡記載。生存確認後は取消申立てが必要(不可逆的リスクあり)
手続き期間の目安 数か月程度(状況による) 公示催告期間(3か月以上)を含め半年〜1年以上かかることも
向いているケース 生存している可能性があるが所在不明・生死不明期間が7年未満 7年以上生死不明で、生存の可能性が低いと考えられる場合
生死不明 7年未満 → まず不在者財産管理人
生死不明 7年以上 → 失踪宣告も視野に
ただし手続き要件・期間・費用の最新情報は、必ず裁判所または法務省でご確認ください。

両方の手続きを組み合わせるケースも

実務では、まず不在者財産管理人を選任して遺産分割を進めつつ、7年の経過を待って失踪宣告の申立てへ移行するという方法がとられることもあります。また、遺産分割が急がれる事情(不動産の売却・相続税の申告期限など)がある場合は、早期に専門家に相談し、最適な方法を検討することが重要です。

行方不明の相続人の対応でよくある7つの落とし穴

相談の現場で実際によく見かける、行方不明の相続人をめぐる誤解と失敗を7つに整理いたしました。

  1. 行方不明者を「除いた」まま遺産分割協議書を作成する 行方不明の相続人を欠いた遺産分割協議書は法律上無効です。金融機関も法務局も受け付けません。後から発覚するとやり直しが必要になり、最悪の場合は損害賠償リスクも生じます。
  2. 戸籍の附票も確認せず「連絡がつかない」と諦める 住民票だけでなく、本籍地で戸籍の附票を取得すれば、最後の住所が判明することがあります。まず附票で住所追跡を試みることが、最もコストの低い第一歩です。
  3. 不在者財産管理人の選任だけで遺産分割に参加できると思い込む 管理人の選任後、遺産分割協議への参加には別途「権限外行為許可」が必要です(民法28条)。選任で手続きが完了するわけではありません。2段階の手続きであることを認識してください。
  4. 不在者の取り分を減らした遺産分割案を持ち込む 権限外行為許可の審査では、不在者に法定相続分以上の取り分が確保されているかどうかが重視されます。不在者に不利益な分割案は許可が下りず、計画が頓挫します。
  5. 失踪宣告の「7年」を相続開始から数える 7年の生死不明期間は「相続開始日から」ではなく、不在者の生死が最後に確認できなくなった日から起算します。相続が開始する前から行方不明であれば、その時点から7年です。計算を誤ると申立てが受理されません。
  6. 失踪宣告後に本人が生存していた場合のリスクを考慮しない 失踪宣告は取り消される可能性があります。宣告後に行われた財産処分が遡って無効になるなど、複雑な法的問題が生じるリスクがあります。宣告前に可能な限り生存・死亡の確認を尽くすことが重要です。
  7. 相続税の申告期限(10か月)との調整を怠る 不在者財産管理人の選任や失踪宣告には数か月〜1年以上かかることがあります。相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)と重なることが多く、「未分割のまま申告」「税理士・弁護士との並行対応」が求められます。早めに専門家へ相談し、申告期限との兼ね合いを確認しましょう。
よくある相談事例
※以下の事例は架空のものであり、実在の個人・団体とは一切関係ありません。

「20年以上音信不通の弟がいて遺産分割が進まなかったケース」

母を亡くされたKさん(60代・長女)からのご相談です。お母様の相続人はKさんと弟の2人。しかし弟は20年以上前に家族と疎遠になり、現在の住所も生死もまったく不明でした。Kさんは「弟を除いて自分一人で手続きできるものと思っていた」と話されていましたが、相続人全員の参加なしに遺産分割協議は成立しないことを知り、大変驚かれていました。

当センターでは、まず弟さんの本籍地で戸籍の附票を取得しましたが、20年以上前に転居した先が最後の住所として記録されており、その住所への書留も返戻されました。弟さんが家を離れた時期を確認したところ、25年以上生死不明の状態であることが判明したため、提携弁護士を通じて失踪宣告の申立てを行いました。

公示催告期間中に弟さんの生存情報は届かず、失踪宣告が確定しました。弟さんには子どもがいなかったため(戸籍で確認)、Kさんが単独の相続人となり、不動産の相続登記・預貯金の解約を完了することができました。Kさんは「何年も手続きができないまま放置してしまうところでした。早めに相談して本当によかった」とおっしゃってくださいました。

― 私たちから一言 ―

「行方不明の相続人問題は、放置するほど複雑になる。早期相談が最善策です」

「相続人が行方不明で手続きが止まっている」というご相談は、当センターでも珍しくありません。問題は、放置するほど状況が複雑になるという点です。相続税の申告期限(10か月)は容赦なく進み、不動産の相続登記は2024年4月から義務化(期限は3年以内)されました。さらに年数が経つと、その行方不明の相続人が亡くなり、その子ども(代襲相続人)が新たな相続人として加わるなど、関係者がさらに増えてしまうケースもあります。

不在者財産管理人の申立てと失踪宣告、どちらの手続きも家庭裁判所を通じた法的な手続きであり、書類の準備・裁判所とのやりとり・費用の見通しなど、ご自身だけで対応するのはかなり困難です。選任された管理人が弁護士・司法書士であれば、その報酬も発生します。早めに弁護士・司法書士・相続専門センターへ相談することで、最適な手続き選択と費用感の把握、並行する相続税申告との調整まで、一体的に進めることができます。

「行方不明の相続人がいる」と分かった時点で、すぐに動くことが最大の節約です。当センターでは、提携の弁護士・司法書士と連携し、戸籍調査から裁判所手続き、遺産分割協議書の作成、相続登記まで一貫してサポートいたします。まずはお気軽にお電話またはLINEでご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

この記事のまとめ

  • 遺産分割協議は相続人全員の参加と合意が必要。行方不明の相続人が一人でもいると協議は成立せず、預貯金・不動産の手続きが一切進められない。
  • まず戸籍の附票で最後の住所を確認し、書留等で連絡を試みる。それでも所在不明なら法的手段を検討する。
  • 不在者財産管理人(民法25条)は、容易に戻る見込みのない不在者に対して家庭裁判所が管理人を選任する制度。遺産分割協議への参加には別途「権限外行為許可」(民法28条)が必要で、不在者に法定相続分以上の取り分を確保した分割案が前提となる。
  • 失踪宣告(民法30条・31条)は生死不明7年以上(普通失踪)または危難後1年以上(特別失踪)の場合に申立て可能。宣告確定により不在者は死亡したとみなされ、相続関係が確定する。
  • 普通失踪では7年の期間満了時、特別失踪では危難が去った時に死亡とみなされる。この時点から失踪者の相続が始まるため、代襲相続の問題も生じうる。
  • 失踪宣告後に本人が生存していると判明した場合は取消しが認められ(民法32条)、遡及的に手続きが無効となるリスクがある。
  • 相続税の申告期限(10か月)・相続登記の義務化(3年以内)との調整が不可欠。放置するほど問題が複雑化するため、判明した時点で早期に専門家へ相談することが最善。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取扱いが異なる場合がございます。行方不明の相続人への対応は、生死不明の期間・財産の内容・代襲相続の有無など個別の事情により最適な手段が異なります。手続き要件・期間・費用については法改正等により変更される場合があるため、最新情報は必ず裁判所(courts.go.jp)・法務省・家事事件を扱う弁護士・司法書士等の専門家にご確認ください。本記事の内容は2026年6月時点の情報に基づきます。

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