事業承継とは――引き継ぐ「3つの要素」

事業承継とは、会社や個人事業の経営を、現在の経営者から後継者へと引き継ぐことでございます。「社長を交代する」というイメージが強いかもしれませんが、実際に引き継ぐべきものは、もっと多岐にわたります。中小企業庁は、事業承継で引き継ぐべきものを大きく3つの要素に整理しています。

要素 1 人(経営)
経営権・後継者
要素 2 資産
自社株・事業用資産
要素 3 知的資産
信用・ノウハウ・人脈
[本記事の位置づけ]
本記事は、事業承継の全体像と3つの選択肢を解説する入門ガイドでございます。自社株式の評価、事業承継税制の詳細、M&Aの進め方、株価を下げる具体策などは、それぞれ独立した記事で順次詳しく解説してまいります。あわせて、経営者ご自身の財産の相続については「小規模宅地等の特例」「生前贈与の「7年ルール」完全ガイド」、後継者以外の相続人との調整については「遺留分とは」もご参照ください。

後継者不在という現実と「黒字廃業」

いま、日本の中小企業が直面している最大の課題の一つが、後継者不在でございます。経営者の高齢化が進む一方で、「子どもが事業を継ぐ意思がない」「適切な後継者が社内にいない」といった理由から、後継者が決まっていない企業が数多く存在します。

とりわけ深刻なのが、業績は黒字で、技術も取引先もあるのに、後継者がいないために廃業せざるをえない「黒字廃業」です。会社が廃業すれば、長年培ってきた技術やノウハウが失われ、従業員は職を失い、取引先にも影響が及びます。経営者個人にとっても、これまでの努力が報われない結果になりかねません。だからこそ、国も事業承継を重要な政策課題と位置づけ、後述するさまざまな支援策を用意しているのでございます。

「まだ元気だから」が、最大のリスク

事業承継のご相談で、私たちがもっとも多く耳にするのが「まだ自分が元気だから、承継はもう少し先でいい」という言葉です。しかし、後継者の育成には5年から10年かかると言われ、自社株の承継対策にも時間が必要です。経営者が突然倒れたり、判断能力を失ったりすれば、会社は一気に立ち行かなくなります。事業承継は、経営者が元気で判断力があるうちにしか進められない――この点は、個人の相続対策とまったく同じでございます。

3つの選択肢①――親族内承継

事業承継の引き継ぎ先には、大きく3つの選択肢があります。まず1つ目が、子どもや親族に引き継ぐ親族内承継でございます。かつては事業承継といえばこれが主流でした。

メリット

課題

3つの選択肢②――従業員承継(役員・社員への承継)

2つ目の選択肢が、会社の役員や従業員に引き継ぐ従業員承継でございます。番頭格の役員や、長年会社を支えてきた幹部社員などが後継者になるケースです。経営の実態をよく知る人材に引き継げる点が大きな利点です。

メリット

課題

3つの選択肢③――第三者承継(M&A)

3つ目が、社外の第三者に会社を引き継ぐ第三者承継(M&A)でございます。近年、後継者不在の解決策として急速に広がっており、中小企業のM&Aも珍しくなくなりました。会社や事業を、それを必要とする別の会社などに譲り渡す方法です。

メリット

課題

3つの選択肢の比較

3つの選択肢の特徴を一覧で整理いたします。どれが正解ということはなく、会社の状況・後継者候補の有無・経営者の希望によって、最適な選び方は変わります。

項目 親族内承継 従業員承継 第三者承継(M&A)
後継者 子・親族 役員・従業員 社外の第三者
主なメリット 関係者の理解・育成期間 業務精通・継続性 廃業回避・創業者利益
主な課題 株の集中・税負担・遺留分 株式買取資金・個人保証 相手探し・条件交渉
準備期間 長い(5〜10年) 中〜長 数か月〜数年

事業承継は「早めの着手」と「計画」が命

事業承継を成功させる最大のポイントは、ひとことで言えば「早く始めること」でございます。後継者の育成、自社株の評価引き下げや計画的な移転、関係者との調整――いずれも、短期間では実現できません。

中小企業庁も、事業承継を計画的に進めるための「事業承継計画」の策定を推奨しています。これは、会社の現状、後継者、承継のスケジュール、必要な対策などを整理し、5年から10年といった長期の見通しを立てるものです。次のような流れで進めるのが基本でございます。

  1. 現状把握 会社の経営状況・資産・株式の状況、経営者個人の資産、後継者候補の有無を整理します。
  2. 承継方法の選択 親族内・従業員・M&Aのどれを軸にするかを検討します。
  3. 事業承継計画の策定 後継者の育成計画、株式の移転計画、資産・知的資産の引き継ぎ計画を、時間軸に沿って立てます。
  4. 計画の実行 後継者の育成、自社株の生前贈与や事業承継税制の活用、経営者保証の解除などを、計画に沿って進めます。

見落とされがちな「経営者保証」の問題

事業承継で意外と大きな壁になるのが、経営者保証(個人保証)でございます。中小企業が金融機関から借入をする際、経営者個人がその借入の連帯保証人になっているケースが多くあります。事業を承継するとき、この個人保証をどうするかが問題になります。

後継者にとって、「会社を継ぐと、会社の借金の個人保証まで背負うことになる」というのは、承継をためらう大きな理由になります。実際、これが事業承継の障害になっている例は少なくありません。

[「経営者保証に関するガイドライン」と事業承継]
この問題に対応するため、「経営者保証に関するガイドライン」が定められ、一定の要件(法人と個人の資産・経理の分離、財務基盤の強化、適時適切な情報開示など)を満たせば、経営者保証なしで融資を受けたり、保証を解除したりできる取り組みが進められています。事業承継の場面では、前経営者と後継者の「二重徴求(両者から保証を取ること)」を原則として行わないといった方針も示されています。事業承継を機に、金融機関と経営者保証の見直しを相談することが大切でございます。

税負担を抑える「事業承継税制」の概要

親族内承継・従業員承継で大きな問題になるのが、自社株式の承継に伴う相続税・贈与税の負担でございます。業績の良い会社ほど自社株の評価額が高くなり、後継者に多額の税金がかかることがあります。納税のために会社の資金を流出させたり、株式を手放したりすれば、経営の安定が損なわれかねません。

そこで設けられているのが事業承継税制です。これは、一定の要件を満たして自社株式を後継者に贈与・相続した場合に、その株式にかかる贈与税・相続税の納税を猶予し、最終的に免除されることもある制度でございます。とくに「特例措置」では、対象株式や猶予割合が拡大されています。

事業承継税制は「強力だが要件が厳しい」

事業承継税制は税負担を大きく軽減できる強力な制度ですが、適用には計画の提出・都道府県知事の認定・申告・その後の継続要件など、細かな手続きと条件があります。継続要件を満たせなくなると、猶予されていた税額に利子税を加えて納付しなければならない(取消し)リスクもあります。また、特例措置には適用のための計画提出に期限が設けられている点にも注意が必要です。最新の要件・期限は必ず中小企業庁や税理士に確認し、慎重に検討することが欠かせません。詳細は、別記事で改めて解説いたします。

頼れる公的支援機関と専門家

事業承継は、経営者おひとりで抱え込む必要はありません。国や自治体は、事業承継を支援するさまざまな窓口を用意しています。

当センターでも、提携の税理士・弁護士・M&A専門家と連携し、経営者の方の事業承継を、相続対策と一体でお手伝いしております。「何から考えればよいか」という段階からのご相談を承ります。

事業承継をめぐる7つの落とし穴

ご相談現場で実際によく見かける、事業承継をめぐる誤解と失敗を7つに整理いたしました。

  1. 「まだ先でいい」と着手が遅れる 後継者育成には5〜10年、株価対策にも時間が必要です。経営者が元気なうちにしか進められません。着手の遅れが、黒字廃業や争いの最大の原因です。
  2. 後継者に自社株を集中させ、遺留分でもめる 後継者に株を集中させると、他の相続人の遺留分を侵害し争いになることがあります。経営承継円滑化法の「遺留分の特例」や遺言・生前の調整が必要です。
  3. 自社株の評価額を把握していない 業績の良い会社ほど株価が高く、相続税負担が重くなります。まず自社株がいくらと評価されるかを知ることが、対策の出発点です。
  4. 経営者保証を放置したまま承継しようとする 個人保証は後継者が承継をためらう大きな理由です。ガイドラインに沿って、金融機関と保証の解除・見直しを早めに相談しましょう。
  5. 事業承継税制を「使えば必ず得」と思い込む 強力な制度ですが、継続要件を満たせないと取消し(利子税つき納付)のリスクがあります。要件・期限を確認し、専門家と慎重に検討すべきです。
  6. 知的資産(信用・ノウハウ)の引き継ぎを軽視する 株式や資産だけ引き継いでも、取引先との信頼関係やノウハウが引き継がれなければ事業は続きません。目に見えない資産の承継こそ計画的に。
  7. M&Aを「最後の手段」と考え、検討が遅れる 後継者不在なら、M&Aは廃業を避け従業員と取引先を守る前向きな選択肢です。早めに公的機関などへ相談すれば、選択肢は広がります。
よくある相談事例
※以下の事例は架空のものであり、実在の個人・団体とは関係ありません。

「後継者と決めた長男以外の子との遺留分に配慮し、円満に承継したケース」

70代の製造業経営者Eさんからのご相談でございました。Eさんは、会社を継ぐ意思のある長男に事業を承継したいと考えていましたが、ご相談の時点では具体的な準備は何も進んでいませんでした。会社の自社株評価額は高く、Eさんの個人資産の大半が自社株という状況。お子様は長男のほか、会社とは関わりのない長女・次男がいらっしゃいました。

当センターでは提携の税理士・弁護士と連携し、まず自社株の評価額を算定しました。すると、自社株がEさんの財産の大半を占めており、このまま何もせず相続が起きると、長男に自社株を集中させれば長女・次男の遺留分を侵害し、深刻な争いになりかねないことが明らかになりました。逆に、株を3人で分ければ会社の経営権が分散し、経営が不安定になってしまいます。

そこで、(1)後継者である長男には事業承継税制の活用も視野に自社株を計画的に承継し、(2)長女・次男には、生命保険や他の資産を活用して遺留分に配慮した財産を遺す方針を立てました。あわせて、長男以外の子も納得できるよう、Eさんの想いを記した付言事項つきの遺言書を作成。経営者保証についても、金融機関と見直しの相談を始めました。Eさんは「会社を長男に託しつつ、他の子にもきちんと配慮できる道筋が見えて、肩の荷が下りた」とおっしゃってくださいました。事業承継は、会社の問題であると同時に、家族の相続の問題でもある――その両面を一体で考えることの大切さを示す一例でございます。

― 私たちから一言 ―

「事業承継は、会社と家族の『両方の相続』です」

事業承継のご相談を受けていて、いつも感じるのは、経営者にとっての相続は、個人の財産と会社の承継が分かちがたく結びついているということです。自社株は、会社の経営権そのものであると同時に、相続財産としては高額な「資産」でもあります。後継者に経営を託したい一方で、他のご家族にも公平に配慮したい――この両立こそが、経営者の相続の難しさでございます。

そして、事業承継の最大の敵は「先延ばし」です。「まだ自分が元気だから」と対策を後回しにしているうちに、後継者育成の時間を失い、株価対策の機会を逃し、いざというときに会社も家族も大きな混乱に陥る――そうした例を、私たちは数多く見てきました。後継者の育成には5年から10年、自社株の承継対策にも長い時間が必要です。だからこそ、経営者が元気で判断力のある「今」こそが、事業承継のスタートラインなのです。

当センターでは、提携の税理士・弁護士・M&A専門家、そして公的な事業承継・引継ぎ支援センターとも連携し、自社株の評価から、親族内承継・従業員承継・M&Aの選択、事業承継税制の検討、経営者保証の見直し、そして経営者ご自身とご家族の相続対策まで、会社と家族の両面をワンストップでお手伝いしております。「何から手をつければいいかわからない」という段階で結構です。会社とご家族の未来のために、まずは現状の棚卸しから、ご一緒に始めませんか。お電話一本、LINEで結構でございます。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

この記事のまとめ

  • 事業承継とは、会社の経営を後継者へ引き継ぐこと。引き継ぐのは「人(経営)」「資産(自社株・事業用資産)」「知的資産(信用・ノウハウ・人脈)」の3要素。
  • 後継者不在による「黒字廃業」が社会問題に。技術・雇用・取引先を守るためにも、計画的な承継が重要。
  • 引き継ぎ先には3つの選択肢――親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)。それぞれにメリットと課題がある。
  • 親族内承継は関係者の理解を得やすいが、自社株の集中・税負担・遺留分の調整が課題。
  • 従業員承継は業務に精通した人材に託せるが、株式の買取資金や個人保証の引き継ぎが壁になる。
  • 第三者承継(M&A)は後継者不在でも廃業を避けられ創業者利益も得られるが、相手探しと条件交渉が課題。
  • 成功の鍵は「早めの着手」と「事業承継計画」。後継者育成や株価対策には5〜10年かかる。
  • 経営者保証(個人保証)の見直しは、ガイドラインに沿って金融機関と早めに相談する。
  • 自社株の税負担は事業承継税制で猶予・免除されうるが、要件が厳しく取消しリスクもある。公的支援機関・専門家の活用を。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取扱いが異なる場合がございます。事業承継税制をはじめとする各制度には細かな要件・手続き・期限があり、今後の制度改正で内容が変わる場合があります。自社株の評価や税務、M&Aの実行にあたっては、必ず税理士・弁護士・公認会計士などの専門家や、中小企業庁・事業承継・引継ぎ支援センターにご相談ください。本記事の内容は2026年5月時点の情報に基づきます。最新の情報をご確認ください。

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