なぜ亡くなると口座は「凍結」されるのか
金融機関が口座の名義人が亡くなったことを把握すると、その口座は凍結(取引停止)されます。凍結されると、ATMでの引き出しはもちろん、公共料金やクレジットカードの引き落とし、家賃や年金の入金まで、その口座を通じたお金の動きが原則すべて止まります。
意外に思われるかもしれませんが、「名義人が亡くなったら必ず口座を凍結しなければならない」と定めた法律の条文があるわけではありません。凍結が行われる理由は、次のような考え方に基づく、金融機関の実務上の対応でございます。
- 亡くなった方の預貯金は、その瞬間から相続人全員の共有の財産になります。誰か一人が勝手に引き出すと、ほかの相続人の権利を侵害してしまうおそれがあります。
- 遺産分割が決まる前に一部の相続人が引き出してしまうと、相続人どうしの争いの火種になります。金融機関としては、トラブルに巻き込まれることを避けたいという事情もあります。
つまり凍結は、「相続預金は相続人みんなのもの」という法律の考え方と、紛争を防ぐための金融機関の運用から行われているのです。なお、金融機関は役所から自動的に死亡の通知を受け取るわけではありません。多くは、ご遺族からの連絡や、新聞のお悔やみ欄などで死亡を把握した時点で凍結します。
凍結される前に引き出すのは危険――単純承認の落とし穴
「凍結されると引き出せなくなるなら、その前に下ろしておけばよいのでは」とお考えになる方もいらっしゃいます。たしかにキャッシュカードと暗証番号があれば、当面はATMで引き出せてしまいます。しかし、これには見過ごせないリスクがございます。
勝手な引き出しが「相続放棄できない」原因になることも
相続人が亡くなった方の預貯金を引き出して自分のために使ったり、解約してしまったりすると、「相続することを認めた(単純承認した)」とみなされることがあります(民法第921条)。そうなると、あとから多額の借金が見つかっても相続放棄ができなくなるおそれがあります。さらに、引き出したお金の使い道をほかの相続人から疑われ、遺産分割の争いに発展することも少なくありません。
葬儀費用など、どうしても先に支払いが必要な場面はあります。その場合は、後述する払戻し制度という正式な方法を使うのが安全です。やむを得ず引き出すときも、いつ・いくら・何に使ったかの記録(領収書)を必ず残し、ほかの相続人に隠さず共有しておくことが、後のトラブルを防ぎます。
預貯金の相続手続きに必要な書類
凍結された口座のお金を引き出す(払戻し・解約・名義変更する)には、金融機関に「誰が正式な相続人で、誰がこの預金を受け取るのか」を書類で証明する必要があります。必要書類は遺言書の有無などで変わりますが、代表的なものは次のとおりです。
| 場面 | 主に必要となる書類 |
|---|---|
| 遺言書がない (遺産分割協議で分ける) |
・亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍(除籍・改製原戸籍を含む) ・相続人全員の現在の戸籍(戸籍謄本) ・相続人全員の印鑑証明書 ・遺産分割協議書(または金融機関所定の相続手続依頼書に相続人全員が実印で署名・押印) ・通帳・キャッシュカード(あれば) |
| 遺言書がある |
・遺言書(自筆証書遺言は家庭裁判所の検認済みのもの。法務局保管制度・公正証書遺言は検認不要) ・亡くなった方の死亡が分かる戸籍 ・預金を受け取る方(受遺者)の戸籍・印鑑証明書 ・遺言執行者がいる場合はその選任を証する書類 |
このうち、ご遺族が「思った以上に大変だった」とおっしゃるのが、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍を集める作業です。結婚・転籍・法改正などで戸籍は何度も作り直されており、本籍地を移しているとその数だけ別々の役所に請求しなければなりません。相続人の範囲(隠れた子がいないかなど)を確定するために必要な、避けて通れない作業でございます。
手続きを軽くする「法定相続情報一覧図」
銀行が複数あり、さらに不動産の名義変更(相続登記)や証券の手続きもある――そんなとき、集めた分厚い戸籍の束を、手続き先ごとに何度も提出し、返却を待ってまた次へ、というのは大変な手間です。これを解消するのが法定相続情報証明制度でございます。
これは、亡くなった方と相続人の関係を一枚の図にまとめた「法定相続情報一覧図」を作り、戸籍一式とともに法務局へ提出すると、法務局が内容を確認したうえで、認証文つきの写しを無料で必要な枚数だけ交付してくれる制度です。
一覧図の写しがあれば、各金融機関に戸籍の束そのものを提出する必要がなくなり、複数の手続きを同時並行で進められるようになります。発行手数料は無料で、銀行・登記・年金・相続税申告など幅広く使えるため、相続手続きが複数にわたる場合はまず取得しておくと、全体がぐっとスムーズになります。
預貯金の払戻し・名義変更までの5ステップ
実際の手続きは、おおむね次の流れで進みます。あわてず一つずつ進めれば、決して難しいものではありません。
- 金融機関に死亡を連絡する 亡くなった方が口座を持っていた銀行・ゆうちょ・信用金庫などに、相続が発生した旨を連絡します。この時点で口座が凍結され、相続手続きの案内書類が渡されます。
- 残高証明書を取得する 相続発生日(死亡日)時点の残高を証明する書類を取り寄せます。遺産分割や相続税申告の基礎になるほか、後述の払戻し制度の計算にも使います。
- 戸籍などの必要書類を集める 亡くなった方の出生から死亡までの戸籍、相続人の戸籍・印鑑証明書などを準備します。法定相続情報一覧図を取得しておくと、以降が楽になります。
- 遺産分割協議または遺言で受取人を確定する 遺言書があればそれに従い、なければ相続人全員で遺産分割協議を行い、誰がこの預金を受け取るかを決めます。協議内容は遺産分割協議書にまとめます。
- 金融機関へ提出し、払戻し・名義変更を受ける 各金融機関所定の相続手続依頼書に必要書類を添えて提出します。不備がなければ、おおむね1〜2週間程度で、指定口座への振込(払戻し)または名義変更が行われます。
なお、相続手続きそのものに法律上の期限はありません。ただし、預金を長く放置すると、最後の取引から一定期間(多くは10年)が過ぎた口座は休眠預金として扱われる場合があります。手続きはできなくなりませんが、別途の手間がかかるため、早めの対応をおすすめします。
遺産分割を待たずに引き出せる「払戻し制度」
遺産分割がまとまるまでには時間がかかります。その間に葬儀費用や当面の生活費が必要になっても、原則として口座は凍結されたままです。この問題に対応するため、2019年7月から始まったのが遺産分割前の預貯金の払戻し制度(民法第909条の2)でございます。
これは、遺産分割が終わる前でも、各相続人が家庭裁判所を通さず、単独で、一定額まで故人の預金を引き出せる制度です。引き出せる金額は、次の計算式で決まります。
ただし、いくらでも引き出せるわけではありません。同一の金融機関からの払戻しは、相続人一人あたり150万円が上限と法務省令で定められています(同じ銀行の複数支店をまとめて150万円まで)。実際に引き出せるのは、「上の計算式で出た金額」と「150万円」の、いずれか少ないほうです。
具体例で確認
たとえば、お父様がA銀行に預金600万円を残して亡くなり、相続人がお子様2人(法定相続分は各1/2)だった場合、お子様1人が単独で引き出せる金額は次のように計算します。
| 項目 | 計算 |
|---|---|
| 計算式による額 | 600万円 × 1/3 × 1/2 = 100万円 |
| 金融機関ごとの上限 | 150万円 |
| 実際に引き出せる額 | 少ないほうの 100万円 |
この制度を使うときも、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍、相続人の戸籍、請求する方の印鑑証明書などが必要です。ほかの相続人の同意は不要で、一人の判断で請求できます。引き出したお金は、その相続人が遺産の一部を先に受け取ったものとして扱われ、最終的な遺産分割で精算されます。
それでも足りないときは家庭裁判所の保全処分
150万円という上限では、まとまった支払いに足りないこともあります。その場合は、もう一つの方法として、家庭裁判所の保全処分(仮分割の仮処分)による払戻しがあります。
こちらは家庭裁判所へ申し立て、裁判所が事情を見て認める手続きです。前述の150万円のような一律の上限はなく、必要性が認められれば、より大きな金額の払戻しが認められることもあります。ただし、すでに遺産分割の調停や審判が申し立てられていることが前提となるなど要件があり、裁判所の判断を経るぶん時間と手間がかかります。両者の違いを整理すると、次のとおりです。
| 比較項目 | 払戻し制度 (民法909条の2) |
家庭裁判所の 保全処分 |
|---|---|---|
| 窓口 | 金融機関の窓口 | 家庭裁判所への申立て |
| 裁判所の関与 | 不要 | 必要 |
| 金額の上限 | 計算式かつ1行150万円まで | 一律の上限なし(事情に応じ判断) |
| ほかの相続人の同意 | 不要 | 手続きの中で調整 |
| 向いている場面 | 葬儀費用・当面の生活費など少額 | 多額の資金が早急に必要なとき |
まずは手軽な払戻し制度を使い、それでも足りない事情があれば保全処分を検討する、という順で考えると分かりやすいでしょう。
預貯金の相続でよくある7つの落とし穴
ご相談の現場で実際によく見かける、預貯金の相続手続きをめぐる誤解と失敗を7つに整理いたしました。
- 凍結を恐れて、亡くなる直前・直後に勝手に引き出す 単純承認とみなされて相続放棄ができなくなったり、ほかの相続人との争いになったりするおそれがあります。引き出すなら払戻し制度を使い、記録を残しましょう。
- 口座の存在自体を把握できていない 通帳やキャッシュカード、郵便物、スマホの銀行アプリなどから、どの金融機関に口座があるかを早めに洗い出すことが大切です。ネット銀行は紙の通帳がなく見落としがちです。
- 戸籍集めの大変さを甘く見て、手続きが進まない 出生から死亡までの戸籍は数が多く、収集に時間がかかります。2024年からの広域交付制度や、専門家への依頼も検討しましょう。
- 法定相続情報一覧図を使わず、戸籍の束を回し続ける 手続き先が複数あるなら、一覧図を取得したほうが圧倒的に効率的です。無料で、同時並行の手続きが可能になります。
- 払戻し制度の上限を「いくらでも引き出せる」と誤解する 引き出せるのは「相続開始時の預金額×1/3×法定相続分」かつ1金融機関150万円まで。葬儀費用全額には足りないこともあります。
- 公共料金やカードの引き落とし口座を変更し忘れる 凍結で引き落としが止まると、電気・ガス・水道の支払い遅延につながります。早めに支払い口座の切り替え手続きを行いましょう。
- 相続人の一人が手続きを抱え込み、ほかの相続人に共有しない 残高や引き出しの内容を隠すと不信感を生みます。残高証明書を取り、情報をオープンにすることが円満な相続の基本です。
「父の口座が凍結され、葬儀費用の支払いに困ったケース」
お父様を急に亡くされたGさん(50代・長男)からのご相談でございました。葬儀社への支払いが迫っていたため、Gさんは取引先の銀行に連絡したところ、その場で口座が凍結され、「相続手続きが終わるまで引き出せません」と言われてしまいました。手元の現金では葬儀費用がまかなえず、途方に暮れてのご相談でした。
当センターでは、まず遺産分割前の預貯金払戻し制度をご案内しました。お父様の残高証明書を取り寄せたうえで計算したところ、Gさんは単独で上限額まで払い戻すことができ、葬儀費用の大部分をまかなうことができました。あわせて、相続人がGさんと妹さんの2人であることを確定するため、出生から死亡までの戸籍を集め、法定相続情報一覧図を取得。これにより、その後の複数の銀行と不動産の名義変更が同時並行で進み、手続き全体が大幅に短縮されました。
Gさんは「凍結されて頭が真っ白になりましたが、正式に引き出せる制度があると教えてもらえて本当に助かりました。妹にもすべての書類を見せながら進められたので、もめることもありませんでした」とおっしゃってくださいました。あわてて自己流で動く前に、正しい手順を知ることが、結果的にいちばんの近道――そのことを実感していただいた一例でございます。
「口座の凍結は、あわてず正しい手順で解いていけば大丈夫です」
ご相談を受けていて感じるのは、口座が凍結された瞬間に「もうお金が下ろせない」と強い不安に駆られる方がとても多い、ということです。けれども、凍結はご家族を困らせるための仕打ちではなく、相続人みなさまの財産を守るためのしくみです。正しい書類をそろえれば、必ず引き出せますし、急ぎの費用には払戻し制度という正式な道も用意されています。
いちばん避けていただきたいのは、不安のあまり凍結前にこっそり引き出してしまうことです。よかれと思った行動が、相続放棄をできなくしたり、ご兄弟姉妹の不信を招いて争いの火種になったりする――そうした残念なケースを、私たちは数多く見てまいりました。引き出すなら記録を残す、情報はほかの相続人に隠さず共有する。この二つを守るだけで、防げるトラブルはたくさんあります。
当センターでは、提携の司法書士・税理士・弁護士と連携し、戸籍の収集や法定相続情報一覧図の取得、金融機関ごとの払戻し手続き、遺産分割協議書の作成、相続登記、相続税申告まで、相続にまつわる手続きをワンストップでお手伝いしております。「どこの銀行から手をつければいいの?」「うちはいくらまで引き出せるの?」――その素朴な疑問こそ、最良のスタートです。お電話一本、LINEで結構でございます。お気軽にご相談ください。
この記事のまとめ
- 金融機関が名義人の死亡を知ると口座は凍結される。これは法律の明文義務ではなく、「相続預金は相続人みんなのもの」という考え方と紛争防止のための実務運用。死亡届と銀行の凍結は自動連動しない。
- 凍結前に勝手に引き出すと、単純承認とみなされて相続放棄ができなくなったり、争いの原因になったりする。引き出すなら記録を残し、情報を共有する。
- 払戻し・名義変更には、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍、相続人の戸籍・印鑑証明書、遺産分割協議書または遺言書などが必要。
- 手続き先が複数あるなら、無料の「法定相続情報一覧図」を取得すれば、戸籍の束の代わりに使え、複数の手続きを同時並行で進められる。
- 手続きは「死亡連絡→残高証明→書類収集→受取人確定→提出・払戻し」の5ステップ。完了まで提出後おおむね1〜2週間程度。
- 遺産分割前でも、払戻し制度(民法909条の2)で「相続開始時の預金額×1/3×法定相続分」かつ1金融機関150万円までを単独で引き出せる。
- それでも足りない多額の資金が必要なときは、家庭裁判所の保全処分による払戻しを検討する。
参考文献(一次情報)
- 法務省「遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度について」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00051.html
- e-Gov法令検索「民法」(第909条の2・第921条) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務局「法定相続情報証明制度について」 https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/page7_000013.html
- 法務省「戸籍法の一部を改正する法律(戸籍証明書等の広域交付)」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji04_00077.html
- 全国銀行協会「ご家族が亡くなられた場合の手続き」 https://www.zenginkyo.or.jp/article/tag-f/7705/
口座の凍結・相続手続きのお悩み、ご相談ください
戸籍の収集や法定相続情報一覧図の取得、金融機関ごとの払戻し手続き、遺産分割協議書の作成、相続登記から相続税申告まで、
提携の司法書士・税理士・弁護士と連携し、相続にまつわる手続きをワンストップでお手伝いいたします。