相続分の譲渡とは――遺産分割前に取り分を譲る
相続分の譲渡とは、遺産分割が完了する前の段階で、共同相続人の一人が、自分の相続分(=遺産全体に対する割合的な持分)を、他の人に譲り渡すことをいいます。相続が起きてから遺産分割が終わるまでの間、相続財産は相続人全員の共有状態にあります。その「自分の持分」を、まるごと他の人に移すイメージです。
相続分の譲渡には、次のような特徴があります。
- 有償でも無償でもよい――対価をもらって譲ることも、無償でタダで譲ることもできます。
- 譲れば、遺産分割協議の当事者でなくなる――相続分を譲り渡した人は、その後の分割の話し合いに加わる必要が原則としてなくなります。
- 個々の財産ではなく「割合」を譲る――「この不動産だけ」ではなく、遺産全体に対する自分の持分(たとえば4分の1)を譲るのが基本です。
相続分には「プラスの財産」も「マイナスの債務」も含まれる
相続分の譲渡でとくに注意したいのが、「相続分」には、預貯金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金などマイナスの債務も含まれるという点です。相続分とは、遺産全体に対する包括的な持分だからです。
「取り分をもらえる」だけの話ではない
相続分をもらう側(譲り受ける側)から見ると、プラスの財産だけでなく債務の負担も含めて引き受けることになります。逆に譲る側から見ると、対内的には債務の負担も手放せますが、後で説明するとおり、被相続人の債権者に対しては当然には債務を免れません。「取り分を譲る=いいことだけ」という単純な話ではないことを、まず押さえておく必要があります。
なお、遺産にどれだけの財産と債務があるのかがはっきりしないまま相続分を譲ったり譲り受けたりすると、後で「思っていた話と違う」というトラブルになりかねません。相続分の譲渡を考えるときは、先に相続財産と債務の全体像(財産目録)を把握しておくことが大切です。
誰に譲れるのか――他の相続人か、第三者か
相続分は、他の共同相続人に譲ることも、相続人ではない第三者に譲ることもできるとされています。それぞれ、意味合いが少し異なります。
| 譲る相手 | 特徴・注意点 |
|---|---|
| 他の共同相続人へ | 「兄にすべて集約したい」といった場面で使われる。相続人どうしの間で持分が移るだけなので、外部の人が遺産分割に入ってくることはない。 |
| 相続人以外の第三者へ | 相続人でない人(親族・知人など)に譲ることも可能。ただし、遺産分割の話し合いに部外者が加わることになるため、他の相続人には次章の「取戻権」が認められている。 |
第三者に譲ったら――他の相続人の「取戻権」(民法905条)
相続分を相続人以外の第三者に譲り渡した場合、他の相続人にとっては「見ず知らずの人が遺産分割に加わってくる」ことになりかねません。そこで民法は、他の相続人を保護するための制度を用意しています。それが「相続分の取戻権」です。
民法905条――他の相続人は相続分を取り戻せる
民法905条は、共同相続人の一人が遺産分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額および費用を償還して、その相続分を譲り受ける(取り戻す)ことができると定めています。つまり、第三者に渡った相続分を、他の相続人がお金を払って買い戻せるということです。ただし、この取戻権は「1か月以内」に行使しなければならないとされており(同条)、期間が過ぎると取り戻せなくなります。
この取戻権があるため、第三者への相続分の譲渡は、後で他の相続人によって覆される可能性をはらんでいます。第三者に譲る場合も、譲り受ける第三者としても、取戻権のリスクを理解したうえで進める必要があるということです。条文の要件や期間の起算点など、細かな点は必ず一次情報や専門家でご確認ください。
相続分を譲っても、債権者への債務は当然には免れない
相続分の譲渡で、もっとも誤解されやすいのがこの点です。相続分を譲り渡しても、被相続人が負っていた借金など(相続債務)について、債権者に対する責任を当然に免れるわけではありません。
これは、次のような理屈によります。相続分の譲渡は、あくまで相続人どうし・当事者どうしの内部的な取り決めです。ところが、お金を貸していた債権者からすれば、「勝手に相続人の間で持分を譲り合ったから、もう請求できません」と言われては困ります。そのため、債権者は、法定相続分に応じて、もとの相続人(譲り渡した人)に対しても借金の返済を求めることができるのが原則です。
「相続分の放棄」との違い、「相続放棄」との違い
相続分の譲渡と混同されやすいのが、「相続分の放棄」と「相続放棄」です。名前は似ていますが、意味も効果もまったく違います。整理しておきましょう。
| 制度 | 内容と効果 |
|---|---|
| 相続分の譲渡 | 自分の相続分を、他の相続人や第三者に有償・無償で譲る。譲り先が決まっている点が特徴。債権者への債務は当然には免れない。 |
| 相続分の放棄 | 自分の相続分(取り分)を「いらない」と手放す意思表示。特定の誰かに渡すのではなく、その分は他の相続人の取り分に振り分けられる。これも債権者への債務は当然には免れないとされる。 |
| 相続放棄 | 家庭裁判所に申述して、最初から相続人でなかったことにする制度。プラスの財産もマイナスの債務も一切引き継がない。原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に手続きが必要。 |
「借金からも逃れられる」のは相続放棄だけ
最大のポイントは、被相続人の借金(債務)からも確実に免れられるのは「相続放棄」だけだということです。相続放棄は、家庭裁判所への申述によって行い、原則として相続の開始を知った時から3か月という期限があります。これに対し、相続分の譲渡や相続分の放棄は、あくまで取り分(プラスの財産)をどうするかの話が中心で、債権者に対する債務からは当然には抜けられません。「借金がありそうなので手を引きたい」という場合に、相続分の譲渡や放棄で済ませてしまうのは危険です。相続放棄の手続きと期限は、相続放棄の手続きと3か月の熟慮期間、知らないと損をする落とし穴で詳しく解説しています。
相続分の譲渡・放棄の手続きと税金の注意点
相続分の譲渡・放棄を行うときは、後のトラブルや課税関係にも気を配る必要があります。
手続きは書面に残すのが基本
相続分の譲渡や放棄は、口約束でもできると考えられていますが、実務では「相続分譲渡証書」や「相続分放棄書」といった書面を作成し、必要に応じて印鑑証明書を添えるのが一般的です。とくに相続登記や預貯金の手続きで、これらの書面の提出を求められることがあります。後で「言った・言わない」の争いにならないよう、合意の内容は必ず書面に残すことをおすすめします。
税金の取り扱いは要注意――ケースで変わる
相続分の譲渡・放棄には、誰に・有償か無償かによって、相続税や贈与税・譲渡所得税などの取り扱いが変わりうるという難しさがあります。たとえば、相続人どうしで無償で相続分を譲る場合と、相続人以外の第三者に無償で譲る場合とでは、課税関係が異なると考えられています。
なお、遺産分割そのものの方法(現物分割・代償分割・換価分割・共有分割)とあわせて検討すると、より納得のいく形が見えてくることもあります。分割方法の全体像は遺産分割の4つの方法――現物分割・代償分割・換価分割・共有分割の違いと選び方を完全ガイドをご覧ください。
「長引く遺産分割から早く抜けたくて、相続分の譲渡を考えたケース」
Tさん(40代・男性)は、父親を亡くしました。相続人はTさんと兄、姉の3人。遺産は実家の不動産と預貯金でしたが、実家を残したい兄と売りたい姉が対立し、話し合いは1年以上も平行線でした。遠方に住むTさんは「もう自分は関わりたくない。自分の取り分は放棄でも譲渡でもいいから、早く抜けたい」と考え、当センターにご相談にいらっしゃいました。
当センターでは、提携する弁護士・税理士と連携し、Tさんに「相続分の譲渡」と「相続分の放棄」「相続放棄」の違いをご説明しました。ポイントは、①父に目立った借金はなさそうだが、念のため債務の有無を確認すること、②単に「抜けたい」だけなら相続分の放棄という方法もあるが、兄に取り分をまとめて渡したいなら、兄への相続分の譲渡が分かりやすいこと、③いずれの方法でも、万一父に借金があった場合は債権者から請求されうるので、その点は相続放棄でしか完全には外れられないこと、の3点でした。
Tさんは、財産・債務を確認したうえで、自分の相続分を兄に無償で譲渡することを選びました。相続分譲渡証書を作成し、以後の分割協議からは離脱。「泥沼の話し合いから解放されて、本当に楽になりました。放棄と譲渡と相続放棄が全部違うものだと知らなかったので、相談してよかったです」とのお言葉をいただきました。「抜けたい」の中身を整理し、正しい制度を選ぶことの大切さがわかるケースです。
「『抜けたい』の中身によって、選ぶべき手続きが変わります」
遺産分割の話し合いがこじれると、「もう関わりたくない」「取り分は譲るから早く終わらせたい」というお気持ちになる方は少なくありません。そんなとき、相続分の譲渡は、分割協議から離脱するための有力な選択肢になります。特定の相続人に取り分をまとめて渡したいときにも便利です。
ただし、気をつけていただきたいのが、「相続分の譲渡」「相続分の放棄」「相続放棄」は、名前は似ていてもまったく別物だということです。とくに重要なのは、被相続人の借金からも確実に免れられるのは、家庭裁判所で行う『相続放棄』だけという点です。相続分を譲ったり放棄したりしても、債権者との関係では返済を求められうるため、借金がありそうなケースで手続きを取り違えると、大きな不利益につながりかねません。また、第三者への譲渡には他の相続人の取戻権(民法905条)が、税金の面でも譲る相手や有償・無償によって取り扱いが変わる、といった注意点もあります。
当センターでは、提携する弁護士・税理士などと連携し、「そもそも譲渡・放棄・相続放棄のどれが適切か」という入り口の整理から、書面の作成、税務の確認まで、中立的な立場でサポートしております。「もう抜けたい」と思ったときこそ、自己判断で動く前に、一度ご相談ください。
相続分の譲渡・放棄でよくある7つの落とし穴
当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、相続分の譲渡・放棄をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。
- 相続分を譲れば借金からも逃れられる、と思い込む 相続分を譲っても、債権者に対する債務は当然には免れません。借金から確実に外れるには相続放棄が必要です。
- 「相続分の放棄」と「相続放棄」を同じものだと思う 相続放棄は家裁で3か月以内の手続きで債務も外れる別制度。相続分の放棄は取り分を手放すだけで債務は残りえます。
- プラスの財産だけを譲る・もらうつもりでいる 相続分には債務も含まれます。譲り受ける側は債務の負担も引き受けることを理解しておきましょう。
- 第三者に譲れば確定だと考える 第三者への譲渡は、他の相続人が価額と費用を償還して1か月以内に取り戻せます(民法905条)。
- 口約束だけで済ませ、書面を残さない 後の「言った・言わない」や登記・預金手続きで困ります。相続分譲渡証書など書面と印鑑証明を整えましょう。
- 税金の取り扱いを確認しないまま譲渡する 相手や有償・無償で相続税・贈与税・所得税の扱いが変わります。実行前に税理士・国税庁で確認を。
- 財産と債務の全体像を把握せずに譲渡・放棄する 後で「思っていた話と違う」となりがち。先に財産目録で全体像をつかんでから判断しましょう。
この記事のまとめ
- 相続分の譲渡とは、遺産分割前に自分の相続分(割合的な持分)を他の相続人や第三者へ有償・無償で譲ること。
- 譲れば遺産分割協議から離脱できるが、相続分にはプラスの財産だけでなくマイナスの債務も含まれる。
- 相続分を譲っても、被相続人の借金について債権者に対する責任は当然には免れない。
- 第三者に譲ると、他の相続人は価額と費用を償還して1か月以内に取り戻せる(取戻権・民法905条)。
- 借金からも確実に外れたいなら、家裁で3か月以内に行う「相続放棄」が必要(相続分の譲渡・放棄とは別物)。
- 手続きは書面に残し、税金の取り扱いは相手や有償・無償で変わるため、必ず専門家・国税庁で確認する。
参考文献(一次情報)
- e-Gov法令検索「民法」(第905条 相続分の取戻権/第896条 相続の一般的効力/第915条・第938条・第939条 相続の承認・放棄) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 裁判所「相続の放棄の申述」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_15/index.html
- 国税庁「タックスアンサー(相続税・贈与税)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/sozoku.htm
- 法務省「相続に関する情報」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00001.html
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