取得費加算の特例とは――相続税の一部を「取得費」に足せる
取得費加算の特例(正式には「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」)とは、相続や遺贈で取得した財産を、一定の期間内に売却したとき、その財産にかかった相続税額の一部を、譲渡所得を計算するときの「取得費」に加算できる制度です。根拠は租税特別措置法39条です。
まず、財産を売ったときの利益(譲渡所得)は、大まかに次のように計算されます。
取得費加算の特例は、この「取得費」に相続税額の一部を上乗せできるしくみです。取得費が増えれば、その分だけ譲渡所得が減り、譲渡所得にかかる所得税・住民税が軽くなる、というわけです。
なぜある制度か――相続税と譲渡所得税の「二重の負担」をやわらげる
この特例の趣旨を理解するには、同じ財産に税金が二段階でかかるという点を押さえておくとよいでしょう。
相続税がかかる
譲渡所得税がかかる
重複をやわらげる
相続で財産を受け取ったときには相続税がかかり、その財産を売って利益が出れば、今度は譲渡所得税(所得税・住民税)がかかります。とくに、相続税の納税資金をつくるために、相続した不動産や株を売るというケースは少なくありません。そうしたとき、「相続税を払うために売ったのに、その売却にまた税金がかかる」となると、負担が過重になってしまいます。
そこで、売却によって相続税の一部を回収する(=取得費に加算する)ことで、相続税と譲渡所得税の重複をやわらげようというのが、この特例の考え方です。とくに、相続税の納税のために売却を予定している方にとっては、知っているかどうかで手取りが変わる、実務上とても重要な特例です。
適用を受けるための3つの要件
取得費加算の特例を使うには、主に次の3つの要件を満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ① 相続・遺贈で取得した財産であること | 売却する財産が、相続または遺贈によって取得したものであること。もともと自分が持っていた財産を売る場合は対象外です。 |
| ② その財産に相続税が課されていること | その財産を取得した人に相続税が課税されていること。基礎控除の範囲内などで相続税がかからなかった場合は、この特例は使えません。 |
| ③ 一定の期間内に売却していること | 相続開始のあった日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの間に譲渡していること(次章で詳しく解説します)。 |
「相続税を払った人」でないと使えない
要件②が示すとおり、この特例は相続税を実際に負担した人のための制度です。相続財産の合計が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)以下で相続税がかからなかった場合は、そもそも「加算できる相続税額」が存在しないため、この特例は使えません。基礎控除については相続税の基礎控除をご覧ください。
売却の期限――「申告期限の翌日以後3年を経過する日まで」
取得費加算の特例で、もっとも間違えやすく、そして見落とすと取り返しがつかないのが「売却の期限」です。この特例が使えるのは、次の期間内に売却したときに限られます。
そこからさらに3年の間に売却する必要があります
相続税の申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。取得費加算の特例は、その申告期限の翌日から、さらに3年を経過する日までに売却した場合に適用できます。つまり、大まかに言えば亡くなってからおよそ「3年10か月」ほどの間に売る必要がある、というイメージです。
「1日遅れ」でも使えなくなる期限に注意
この期限を1日でも過ぎて売却すると、取得費加算の特例は使えなくなります。相続した不動産をいずれ売るつもりなら、「いつまでに売れば特例が使えるか」を早めに確認し、逆算して動くことが大切です。売買は相手のあることで時間もかかりますので、期限ぎりぎりの計画は禁物です。正確な期限は、ご自身のケースについて税務署・税理士に必ずご確認ください。
相続税の申告そのものの期限や流れについては、相続税の申告と納付もあわせてご参照ください。
加算できる金額の計算方法
取得費に加算できる相続税額は、「その人が納めた相続税額のうち、売却した財産に対応する部分」として計算します。基本的な考え方は次のとおりです。
─────────────────
その人が相続で取得した財産の合計額(債務控除前の課税価格)
ざっくり言えば、「自分が払った相続税のうち、売った財産の割合ぶんだけ、取得費に足せる」ということです。したがって、相続財産全体の中で、売った財産の占める割合が大きいほど、加算できる金額も大きくなります。なお、加算できる金額には上限があり、その譲渡で生じた利益(譲渡益)を超えて加算することはできません(加算によって譲渡損失を作り出すことはできない、というイメージです)。
具体例で計算してみる
イメージをつかむために、シンプルな数値例で計算してみましょう(金額は説明のための仮の設定です)。
【前提(すべて仮の数値)】
- Aさんが相続で取得した財産(相続税評価額)……土地6,000万円+預貯金2,000万円=合計8,000万円(債務はなかったものとします)
- Aさんが実際に納めた相続税額……1,000万円
- Aさんは、この土地(相続税評価額6,000万円)を、申告期限の翌日から3年以内に売却した
- 売った財産の割合を求める 売却した土地の相続税評価額6,000万円 ÷ 取得財産の合計8,000万円 = 0.75(75%)
- 相続税額に割合をかける 相続税額1,000万円 × 0.75 = 750万円 ← これが取得費に加算できる額
-
譲渡所得の計算で「取得費」に足す
譲渡所得 = 売った金額 -(本来の取得費 + 取得費加算750万円 + 譲渡費用)。
取得費が750万円増えるぶん、譲渡所得(利益)が小さくなり、譲渡所得税が軽くなります。
このように、取得費加算の特例を使えると、譲渡所得税を計算する際の「経費」が増え、税負担が軽くなります。実際の計算では、財産の種類や債務控除の有無、譲渡益の上限などによって金額が変わりますので、正確な計算は必ず税理士・税務署にご確認ください。
注意点――空き家の3,000万円控除との選択・確定申告
取得費加算の特例を使ううえで、とくに気をつけたいポイントを整理します。
「空き家の3,000万円特別控除」とは選択制
相続した実家(空き家)を売るときに使える特例として、「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの3,000万円特別控除」があります。この空き家特例と取得費加算の特例は、同じ譲渡について両方同時に使うことはできず、どちらか有利なほうを選ぶことになります。どちらが得かはケースによって異なりますので、両方を試算して比べることが大切です。空き家をめぐる判断は実家・空き家を相続したらどうするもご参照ください。
「小規模宅地等の特例」とは別の制度
相続税を計算するときに宅地の評価を下げる小規模宅地等の特例は、相続税の段階の特例です。一方、取得費加算は売却(譲渡所得税)の段階の特例で、両者は別のステージの制度です。混同しないようにしましょう。
使うには「確定申告」が必要
取得費加算の特例は、自動では適用されません。特例を使うには、財産を売却した翌年に、譲渡所得の確定申告を行い、必要な明細書などを添付する必要があります。「知らずに申告してしまい、特例を使いそびれた」ということがないよう、売却したら早めに税理士へ相談しましょう。
「売れば必ず得」ではない――全体で判断を
取得費加算は譲渡所得税を軽くする有効な特例ですが、期限内に売ること自体が目的化してしまうと、相場より安く手放すなど、かえって損をすることもあります。「特例が使えるうちに売るべきか」「保有を続けるべきか」は、税負担だけでなく、資産全体のバランスや今後の活用も含めて判断することが大切です。個別の有利・不利は、必ず税理士など専門家にご相談ください。
「相続税の納税のために土地を売ったケース」
Kさん(50代・男性)は、お父さまの相続で複数の土地と自宅を引き継ぎました。相続税の負担が大きく、納税資金をつくるために、一部の土地を売却することにしました。「相続税を払うために売るのに、その売却にまた税金がかかるのは納得がいかない」と、当センターにご相談にいらっしゃいました。
当センターでは、提携する税理士と連携し、取得費加算の特例をご説明しました。①Kさんは相続税を納めており、②売る土地は相続で取得したもので、③申告期限の翌日から3年以内に売却すれば、納めた相続税の一部を取得費に加算でき、譲渡所得税を軽くできること。あわせて、期限を過ぎると使えなくなるため、売却スケジュールを逆算して進める必要があることをお伝えしました。
Kさんは「期限があることを知らずにのんびり構えていたら、特例を逃していたかもしれません」とおっしゃいました。相続税の納税と売却を、期限を意識して一体で計画できた事例です。売却の判断は、税負担だけでなく資産全体を見て、専門家と一緒に検討することをおすすめしています。
「取得費加算は『知っていれば使える』、期限つきの特例です」
相続した不動産や株を売る予定のある方にとって、取得費加算の特例は手取りを左右するとても大切な制度です。しかし、ご相談を受けていると、「特例の存在も、期限も知らなかった」という方が少なくありません。とくに、相続税の申告期限の翌日から3年という期限は見落とされやすく、「気づいたときには過ぎていた」というのは、本当にもったいないことです。
大切なのは、相続税の申告・納税と、財産の売却を、はじめから一体で計画することです。納税のために売るなら、いつ売れば特例が使えるかを逆算しておく。空き家なら、3,000万円特別控除と取得費加算のどちらが有利かを試算しておく。こうした段取りひとつで、最終的な税負担は大きく変わります。
当センターでは、提携する税理士・司法書士などと連携し、相続税の申告から、相続財産の売却・譲渡所得税の特例活用まで、一貫して中立的にお手伝いしております。「相続した不動産を売る予定がある」「相続税の納税で困っている」という方は、どうぞお早めにご相談ください。
取得費加算の特例でよくある7つの落とし穴
当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、取得費加算の特例をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。
- 「申告期限の翌日から3年」の期限を見落とす この期限を過ぎて売却すると特例は使えません。売却予定があるなら、いつまでに売れば使えるかを早めに確認しましょう。
- 相続税を払っていないのに使えると思う この特例は相続税を負担した人のための制度です。基礎控除以下で相続税がかからなかった場合は使えません。
- 自分がもともと持っていた財産の売却に使おうとする 対象は相続・遺贈で取得した財産の売却です。もとから所有していた財産を売る場合は対象外です。
- 古い計算方法(すべての土地ぶん)で加算しようとする 平成27年以後の相続は、原則「売却した土地等に対応する部分」だけ。古い情報のままだと加算額を誤ります。
- 空き家の3,000万円控除と両方使えると思う 同じ譲渡に両方は使えず、どちらか有利なほうを選びます。必ず両方を試算して比べましょう。
- 確定申告をせずに特例が受けられると思う 特例は自動適用ではありません。売却した翌年の確定申告で明細書などを添付して初めて使えます。
- 「特例が使えるうちに」と焦って安売りする 期限内の売却が目的化して相場より安く手放しては本末転倒。税負担と資産全体のバランスで判断しましょう。
この記事のまとめ
- 取得費加算の特例(措置法39条)は、相続財産を売ったとき相続税額の一部を譲渡所得の取得費に加算できる制度。
- 趣旨は、同じ財産にかかる相続税と譲渡所得税の「二重の負担」をやわらげること。納税資金づくりの売却で特に重要。
- 要件は、①相続・遺贈で取得した財産、②その財産に相続税が課されている、③期間内に売却、の3つ。
- 売却期限は「相続開始の翌日〜相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで」。1日でも過ぎると使えない。
- 加算額=相続税額×(売却財産の相続税評価額÷取得財産の合計)。譲渡益が上限。平成27年以後は土地の扱いが縮小。
- 空き家の3,000万円控除とは選択制。適用には確定申告が必要。個別の有利判断は税理士・国税庁で必ず確認を。
参考文献(一次情報)
- 国税庁 タックスアンサー No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3306「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3306.htm
- e-Gov法令検索「租税特別措置法」(第39条) https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000026
- 国税庁「譲渡所得(土地や建物を譲渡したとき)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/joto.htm
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