なぜ見直されたのか――市場価格との「乖離」問題
相続税を計算するとき、財産は原則として「時価」で評価しますが、実務では国税庁の定める財産評価基本通達にもとづいて評価額を求めます。土地の評価方法など、財産全体の評価の考え方は相続財産の評価方法で解説しています。
従来の方法でマンション一室を評価すると、建物部分(区分所有権)は固定資産税評価額をもとに、土地部分(敷地利用権)は路線価などをもとに計算していました。ところが、この方法で求めた相続税評価額は、実際の売買価格(市場価格)よりかなり低くなる傾向がありました。とくに高層階・築浅・大都市のタワーマンションでは、その差(乖離)が大きくなりやすかったのです。
同じ資産価値なのに、現金で持つよりマンションで持つほうが相続税評価額が低くなる――この不公平感を是正するため、国税庁は評価方法の見直しに踏み切りました。
いつから・何が対象になるのか
新しい評価ルールは、「居住用の区分所有財産の評価について」という国税庁の法令解釈通達によって定められています。適用の対象は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 適用開始 | 令和6年(2024年)1月1日以後に、相続・遺贈または贈与によって取得した居住用の区分所有財産の評価に適用されます。令和5年(2023年)12月31日までに取得したものは、従来の評価方法によります。 |
| 対象となる財産 | 居住用の分譲マンション一室(区分所有登記がされた、区分所有権=建物部分と、敷地利用権=土地部分からなるもの)。いわゆる分譲マンションの一室が典型です。 |
| 共通する考え方 | タワーマンションだけが対象ではなく、居住用の分譲マンションであれば広く対象になり得ます(後述の除外に当たらない限り)。 |
「タワマンだけの話」ではない
この見直しは「タワーマンション対策」と呼ばれることもありますが、実際には高層マンションに限りません。居住用の分譲マンションであれば、一般的なマンションでも対象になり得ます。ただし、市場価格との乖離が小さい物件では補正がかからない(評価額が変わらない)こともあります。ご自身のマンションがどうなるかは、必ず税理士・税務署にご確認ください。
対象外となる財産――一戸建て・事業用・低層など
この通達は、あくまで「居住用の区分所有財産(分譲マンション一室)」を対象とするものです。次のような財産は、原則として対象外です。
- 一戸建て住宅……そもそも区分所有財産ではないため対象外です。
- 総階数が2以下の低層の集合住宅……低層の建物は対象外とされています。
- 事業用(テナント)の区分所有物件……居住用ではないため対象外です。
- 一棟まるごと所有する賃貸マンション・ビル(区分所有登記がされていないもの)……「区分所有財産」に当たらないため対象外です。
- 棚卸資産に当たるもの(不動産業者の販売用マンションなど)……対象外です。
新しい評価の3ステップ
新しい評価方法は、従来の評価額をいきなり捨てるものではありません。従来どおり計算した評価額に、新たに「区分所有補正率」を掛けて調整する、というのが基本の流れです。大きく3つのステップで理解できます。
評価額を計算
評価水準を求める
掛けて調整
- 従来の方法で評価額を出す 建物部分(区分所有権)と土地部分(敷地利用権)を、これまでどおり固定資産税評価額・路線価などをもとに計算し、「現行の相続税評価額」を求めます。
- 4つの指標から評価乖離率・評価水準を求める 築年数・総階数・所在階・敷地持分狭小度の4つの指標を使って「評価乖離率」を計算し、その逆数として「評価水準」を求めます(次章で解説)。
- 区分所有補正率を掛ける 評価水準に応じて決まる「区分所有補正率」を、STEP 1の評価額に掛けて、最終的な評価額を求めます(第6章で解説)。
4つの指標と「評価乖離率」「評価水準」
新しい評価の中心にあるのが、「評価乖離率」という指標です。これは、そのマンションの従来の評価額が、理論上の市場価格に対してどれくらい低いかを表すもので、次の4つの指標から計算されます。
| 指標 | 意味 |
|---|---|
| ① 築年数 | 建物が新しいほど市場価格が高くなりやすい。 |
| ② 総階数(総階数指数) | 建物全体の階数。高層であるほど乖離が大きくなりやすい。 |
| ③ 専有部分の所在階 | その部屋が何階にあるか。高層階ほど市場価格が高くなりやすい。 |
| ④ 敷地持分狭小度 | 一室あたりの土地の持分の小ささ(敷地利用権面積÷専有面積)。 |
これら4つの指標に、国税庁の通達で定められた一定の係数を掛けて計算し、評価乖離率を求めます。そして、この評価乖離率の逆数が「評価水準」です。
たとえば評価水準が0.4なら、従来の評価額は理論上の市場価格の約40%しかない(=大きく乖離している)ことを意味します。逆に評価水準が1.0に近ければ、従来の評価額はすでに市場価格に近い、ということになります。
「区分所有補正率」で60%まで補正するしくみ
評価水準が求まったら、その値に応じて「区分所有補正率」が決まります。この補正率を従来の評価額に掛けることで、最終的な評価額が決まります。補正率は、評価水準に応じて次の3つのゾーンに分かれます。
| 評価水準 | 区分所有補正率 | 結果 |
|---|---|---|
| 0.6以上 1以下 | 補正なし(1.0) | 従来の評価額をそのまま採用(すでに市場価格の6割〜同程度なので調整しない) |
| 0.6未満 | 評価乖離率 × 0.6 | 評価額を引き上げ、市場価格理論値のおおむね60%に届くようにする |
| 1を超える | 評価乖離率 | 評価額を引き下げ、市場価格理論値の100%になるよう減額補正する |
ポイントは、評価水準が0.6未満(従来評価額が市場価格の6割に満たない)マンションについて、評価額を引き上げて「おおむね60%」まで補正するという点です。一戸建ての評価が市場価格の6割程度であることとのバランスをとる、というのがこの「60%」という水準の考え方です。
逆に「評価が下がる」ケースもある
この見直しは「評価額を上げる」方向ばかりが注目されますが、評価水準が1を超える(従来評価額が市場価格より高い)マンションでは、逆に評価額が下がる(減額補正される)こともあります。つまり、常に増税になるわけではなく、市場価格に見合った評価に近づけるのがこの制度の趣旨です。ご自身のケースで上がるか下がるかは、実際に計算してみないと分かりません。
路線価ベースは変わらない・実務での注意点
誤解されやすいのですが、この見直しで評価の「土台」まで変わったわけではありません。実務上おさえておきたいポイントを整理します。
土地は路線価、建物は固定資産税評価額――ベースは従来どおり
新しいルールでも、土地部分(敷地利用権)は路線価方式(または倍率方式)、建物部分(区分所有権)は固定資産税評価額をもとに評価するという基本は変わっていません。変わったのは、こうして求めた従来の評価額に「区分所有補正率」を掛けて調整するという一段階が加わった点です。土台となる評価方法そのものは維持されています。
小規模宅地等の特例など、他の特例との関係
相続税では、自宅の敷地の評価を大きく下げる小規模宅地等の特例など、別の制度もあります。マンションの敷地についても、要件を満たせばこうした特例が使える場合があります。今回の評価見直しと、こうした特例は別の話ですので、あわせて検討することが大切です。
「マンション=相続税対策」という前提は見直しが必要
これまで「現金より不動産、とくにマンションで持つほうが相続税評価額が下がる」と言われてきましたが、この見直しによって、その効果は以前より小さくなっている可能性があります。相続対策としてマンションの購入・保有を考える場合は、最新のルールを前提に、税理士と試算することをおすすめします。相続した実家・不動産をどうするかは実家・空き家を相続したらどうするもご参照ください。
「タワーマンションを相続したケース」
Tさん(40代・男性)は、お母さまが遺した都心の高層マンションの一室を相続することになりました。「マンションは相続税評価が低くなると聞いていたので、それほど税金はかからないと思っていた」とのことでしたが、取得が2024年以降だったため、新しい評価ルールの対象となり、当センターにご相談にいらっしゃいました。
当センターでは、提携する税理士と連携し、2024年1月以後に取得した居住用の分譲マンションには「居住用の区分所有財産の評価」が適用され、従来より評価額が上がる可能性があることをご説明しました。Tさんのマンションは高層階・築浅で市場価格との乖離が大きかったため、区分所有補正率によって評価額が引き上げられる見込みであることをお伝えし、正確な税額は税理士による試算で確認することとしました。
Tさんは「昔の『マンションは評価が安い』という情報のままでいたら、資金計画を大きく見誤るところでした」とおっしゃいました。制度改正を前提に、早めに正確な試算をすることの大切さがよく分かる事例です。マンションの相続は、最新のルールで税理士に確認することをおすすめします。
「『マンションは相続税が安い』は、もう昔の常識かもしれません」
相続のご相談では、いまも「マンションは相続税評価額が低いから得」という前提でお話しされる方が少なくありません。たしかに以前はそうした面がありましたが、2024年からの評価見直しで、その効果はかなり小さくなったケースが出ています。とくに高層・築浅・都心の物件では、評価額が以前より上がることも珍しくありません。
大切なのは、古い情報のまま資金計画を立てないことです。マンションを相続する見込みがある、あるいは相続対策としてマンションの購入・保有を考えている――そうした方は、いまのルールで、いくらの評価になるのかを、必ず最新の情報で確認しておく必要があります。評価が上がるのか、逆に下がるのかは、物件ごとに実際に計算してみないと分かりません。
当センターでは、提携する税理士と連携し、マンションを含む相続財産の評価から、相続税の試算・申告まで、最新のルールにもとづいて中立的にお手伝いしております。「マンションを相続しそう」「相続税がいくらになるか不安」という方は、どうぞお早めにご相談ください。
マンションの相続税評価でよくある7つの落とし穴
当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、マンションの相続税評価をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。
- 「マンションは相続税が安い」という古い前提のままでいる 2024年からの見直しで評価額が上がるケースがあります。昔の情報のまま資金計画を立てると見誤ります。
- 「タワマンだけの話」だと思い込む 対象は居住用の分譲マンション全般です。高層でなくても対象になり得ます(乖離が小さければ補正なし)。
- 2023年以前と2024年以後の区別を忘れる 適用は「令和6年1月1日以後に取得した」もの。取得時期でルールが異なる点に注意しましょう。
- 一戸建てや一棟所有物件にも適用されると思う 対象は区分所有登記された居住用マンション一室。一戸建て・事業用・一棟賃貸・低層は原則対象外です。
- 「必ず評価が上がる(増税)」と思い込む 評価水準が1を超える物件では逆に減額されることも。常に増税ではなく、市場価格に見合った評価に近づけるものです。
- 評価の土台(路線価・固定資産税評価額)まで変わったと誤解する ベースの評価方法は従来どおり。そこに区分所有補正率を掛ける一段階が加わっただけです。
- 自分で概算しただけで安心してしまう 乖離率・補正率の計算は複雑です。正確な評価額は国税庁の計算ツールや税理士で必ず確認しましょう。
この記事のまとめ
- マンションは市場価格より相続税評価額が低くなりやすく、その乖離を是正するため国税庁が評価方法を見直した。
- 新ルール「居住用の区分所有財産の評価」は、令和6年(2024年)1月1日以後に取得した居住用の分譲マンションが対象。
- 一戸建て・事業用・区分所有登記のない一棟物件・総階数2以下の低層・棚卸資産は原則対象外。
- 築年数・総階数・所在階・敷地持分狭小度の4指標から評価乖離率を求め、評価水準(=1÷評価乖離率)を計算する。
- 評価水準が0.6未満なら区分所有補正率(=評価乖離率×0.6)で評価額を市場価格のおおむね60%まで引き上げる。1超なら逆に減額。
- 土地は路線価、建物は固定資産税評価額というベースは従来どおり。正確な計算は国税庁・税理士で必ず確認を。
参考文献(一次情報)
- 国税庁「『居住用の区分所有財産の評価について』(法令解釈通達)の趣旨について(情報)」 https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/hyoka/231020/index.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.4667「居住用の区分所有財産の評価」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4667.htm
- 国税庁「財産評価基本通達」 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka/01.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.4602「土地家屋の評価」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4602.htm
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