遺産分割協議は、そもそもやり直せるのか

遺産分割協議とは、相続人全員で「誰がどの財産を取得するか」を話し合って決めることです(民法907条)。全員の合意によって成立し、その内容を書面にしたものが遺産分割協議書です。分け方そのものの種類については遺産分割の4つの方法で解説しています。

いったん成立した遺産分割協議は、相続人全員の意思が合致してできあがった、契約に準じる法律行為です。ですから、原則として「気が変わったから、自分だけ一方的にやめる」ということはできません。これができてしまえば、いつまでも相続が確定せず、不動産の登記や預貯金の払戻しといった手続きの土台が崩れてしまうからです。

もっとも、「絶対にやり直せない」わけでもありません。実務では、次の3つをはっきり区別して考えます。この区別が、本記事のいちばんの要点です。

類型どういう場合か効果
① 合意解除(やり直し) 協議は有効に成立していたが、相続人全員があらためて合意して、解除・分け直す やり直せる。ただし税務上は贈与・譲渡と扱われ得る(第7章)
② 無効 相続人を欠いていたなど、そもそも協議が有効に成立していない 初めから効力がない。あらためて有効な協議を行う
③ 取消し 錯誤・詐欺・強迫によって合意させられた 取り消せば、さかのぼって効力を失う

①と、②③はまったく別のもの

①の合意解除は、「最初の協議は有効だった」ことを前提に、それを後から変える行為です。これに対し、②無効・③取消しは、そもそも最初の協議が法律上成立していなかった(または、さかのぼって効力を失う)という話です。見た目はどちらも「やり直し」ですが、税金の扱いが正反対になり得るため、この区別は決定的に重要です。

全員の合意による「合意解除」――最高裁が認めた道

まず、①の合意解除から見ていきます。この点について、最高裁判所は平成2年9月27日の判決で、次のように判断しています。

共同相続人の全員が合意すれば
解除して、あらためて分割協議ができる
最高裁平成2年9月27日判決――全員による合意解除と再分割は、法律上当然には妨げられない

つまり、相続人全員が「あの分け方はやめて、こう分け直そう」と足並みをそろえるのであれば、法律上は再協議ができるということです。遺産分割協議も当事者の合意でできた法律行為である以上、当事者全員の合意でこれを解いても差し支えない、という考え方にもとづきます。

大前提は「全員」――一人でも反対すれば成立しない

ここで絶対に外せない条件が、「全員の合意」です。相続人が5人いるなら、5人全員が合意解除に同意しなければなりません。一人でも「今のままでいい」と反対すれば、合意解除によるやり直しはできません。多数決ではない、という点にご注意ください。

[やり直すなら、書面をきちんと残す]
合意解除をして分け直す場合も、あらためて全員の署名・実印による遺産分割協議書を作成するのが実務の基本です。口約束では、後日また争いの火種になります。不動産の登記や金融機関の手続きでも、有効な協議書が必要になります。

「約束を守らないから解除」はできない――最高裁平成元年2月9日

実際のご相談で非常に多いのが、次のようなケースです。

「兄が『実家を相続する代わりに、母の面倒を最後までみる』と約束したから、私は財産を譲った。ところが、兄はまったく介護をしない。約束違反なのだから、遺産分割をやり直したい」

お気持ちとしてはもっともなのですが、この理由で遺産分割協議を一方的に解除することはできない、というのが最高裁の立場です(最高裁平成元年2月9日判決)。契約であれば、相手が約束を守らないとき、民法541条にもとづいて解除できるのが原則です。しかし最高裁は、遺産分割協議については、この債務不履行による法定解除を認めませんでした

なぜ認められないのか

理由は、法的安定性にあります。遺産分割は、成立と同時に財産の帰属を確定させるものです。その後に残るのは「介護をする」といった負担についての債権債務の関係だけだと整理されます。もし債務不履行で協議そのものを解除できるとすると、すでに確定した財産の帰属が後からくつがえり、その間に行われた登記や取引まで巻き込んで混乱してしまう――そう考えられているのです。

では、約束を破られた側はどうすればよいのか

泣き寝入りということではありません。「介護をする」という約束は、遺産分割とは別個の債務として残ります。したがって、その履行を求める(約束どおり介護せよ)、あるいは債務不履行による損害賠償を請求するといった手段で争うことになります。また、相続人全員が合意するのであれば、前章の合意解除によって分け直すことは可能です。

相続人を欠いた協議は「無効」――やり直し以前の問題

次に、②の無効です。遺産分割協議は共同相続人「全員」の合意があって初めて成立します。したがって、相続人の一部を除外して行われた協議は、原則として無効です。これは「やり直し」というより、そもそも最初から効力が生じていないという話になります。

実務でよくあるのは、次のようなケースです。

[全員が「一堂に会する」必要はない]
なお、全員の合意が必要とはいっても、相続人が同じ場所に集まる必要はありません。遠方の相続人に協議書を郵送して順に署名・押印してもらう「持ち回り」の方式でも、内容が確定し、全員の意思が一致していれば有効とされています。大切なのは「同席」ではなく「全員の合意」です。

相続人が誰なのかを確定させる作業は、遺産分割のいちばん初めに行うべき最重要の手続きです。戸籍の集め方については戸籍収集と法定相続情報一覧図をご覧ください。ここを省略したために協議が無効になり、すべてやり直しになる――これは、実務で本当に起こる話です。

だまされた・思い違いだった――錯誤・詐欺・強迫による取消し

③の取消しです。遺産分割協議も法律行為である以上、民法の一般ルールが適用されます。合意の過程に問題があった場合には、次の条文にもとづいて、取消しを主張できる余地があります。

根拠どういう場合か
錯誤
(民法95条)
重要な点について思い違いをしたまま合意した場合。たとえば「他に財産はない」と信じて判を押したが、実は多額の財産があった、といったケース。
詐欺
(民法96条)
ほかの相続人が財産を隠したり、嘘の説明をしたりして、だまして合意させた場合。
強迫
(民法96条)
怖がらせる、強い圧力をかけるなどして、意に反して署名・押印させた場合。

取消しが認められれば、その協議はさかのぼって効力を失い、財産は相続開始時の共有状態に戻ります。そのうえで、あらためて有効な遺産分割協議を行うことになります。

[「納得できない」だけでは取り消せない]
注意していただきたいのは、「よく考えたら損だった」「あのときは雰囲気に流された」というだけでは、取消しは認められにくいという点です。錯誤は「重要な点についての思い違い」であることが必要で、詐欺・強迫にも相応の事実関係が求められます。実際に認められるかどうかは事案によって大きく異なるため、弁護士にご相談のうえ、証拠とあわせて検討する必要があります。話し合いで解決しない場合は、遺産分割の調停・審判という手続きも視野に入ります。

あとから財産が見つかったとき――原則は「その財産だけ」協議する

「協議が終わったあとで、被相続人名義の別の預金口座が見つかった」――これも非常に多いご相談です。この場合、すでに成立した協議を全部やり直す必要は、原則としてありません

新たに見つかった財産について
その財産だけあらためて協議する
既に成立した協議はそのまま維持するのが実務の原則

もっとも、見つかった財産があまりに大きく、「それが分かっていたら、そもそもこんな分け方はしなかった」と言えるような場合には、協議全体をやり直す余地もあると考えられています。ただしその場合も、結局は全員の合意による解除(第2章)か、錯誤による取消し(第5章)という枠組みで処理することになります。

[協議書に一文を入れておくと、後が楽になる]
こうした事態に備えて、遺産分割協議書には「本協議書に記載のない財産が後日発見された場合の取扱い」を定める条項を入れておくのが実務の知恵です。たとえば「後日判明した財産は〇〇が取得する」あるいは「あらためて相続人全員で協議する」と定めておけば、無用な争いを避けられます。

最大の落とし穴は税金――やり直すと贈与税・譲渡所得税がかかり得る

ここが、本記事でもっともお伝えしたい点です。「法律上やり直せる」ことと、「税金の負担なくやり直せる」ことは、まったく別の話です。

相続税は、最初に成立した遺産分割の結果にもとづいて計算されます。そして税務上は、最初の分割で各相続人が取得した財産は、その時点でその人固有の財産になったと考えられます。

全員合意でやり直すと、「相続」ではなく「贈与・譲渡」になり得る

その後に全員の合意で分け直し、財産を移し替えると、それは「相続による取得」ではなく、「相続人どうしの間で財産をあげた・交換した」ものと評価されます。その結果、受け取った側に贈与税が、また不動産や有価証券を渡した側にも、代償金の支払いや交換など対価性があると評価される場合には譲渡所得税がかかる可能性があります。相続税を払ったうえに、さらに贈与税――という重い負担になりかねません。

無効・取消しの場合は扱いが変わり得る

一方、②の無効・③の取消しであれば、そもそも最初の分割による財産の帰属が法律上成立していなかった(さかのぼって失われた)ことになります。この場合は、正しい権利関係にもとづいて相続税の申告内容を見直す(更正の請求などを検討する)余地があります。合意解除なのか、無効・取消しなのかという第1章の区別が、税金の面でも決定的に効いてくるわけです。

[税金の扱いは必ず税理士・税務署へ]
やり直しにともなう課税関係は、やり直しの理由・財産の種類・時期によって結論が変わり得る、非常に判断の難しい分野です。更正の請求ができるかどうか、その期限はいつまでかといった点も含め、実行の前に必ず税理士に試算・確認を依頼してください。国税庁のタックスアンサーや税務署への照会もあわせてご活用ください。

結論として、遺産分割協議のやり直しは「できるが、高くつくことがある」というのが実務の実感です。だからこそ、最初の協議を慎重に、正確に行うことが何よりも大切になります。

よくある相談事例
※以下の事例は実際のご相談をもとにした架空のケースです。実在の個人・団体とは関係ありません。

「兄が介護の約束を守らないので、分け直したいというケース」

Kさん(50代・女性)は、お父さまの相続にあたり、「実家と預貯金の大半をお兄さまが取得する代わりに、お母さまの面倒を最後までみる」という前提で遺産分割協議書に署名・押印されました。ところが、その後お兄さまはほとんど実家に寄りつかず、介護はKさんが一人で担うことになってしまいました。「約束が違う。遺産分割をやり直したい」と、当センターにご相談にいらっしゃいました。

当センターでは、提携する弁護士と連携し、まず最高裁の判例では、こうした約束(負担)の不履行を理由に、遺産分割協議を一方的に解除することは認められていないことをご説明しました。そのうえで、①介護の約束は別個の債務として残るため、その履行や損害賠償を求める道があること、②相続人全員が合意すれば、解除して分け直すことは可能であること、③ただし分け直して財産を移すと、税務上は贈与・譲渡と扱われ、贈与税や譲渡所得税がかかり得ることを、あわせてお伝えしました。

Kさんは最終的に、お兄さまと話し合い、介護の費用負担という形で解決を図る方向を選ばれました。「分け直すのが唯一の道だと思い込んでいましたが、税金まで考えると、別の解決の方が現実的だと分かりました」とおっしゃっていました。やり直し以外の選択肢を含めて検討することの大切さがよく分かる事例です。

― 私たちから一言 ―

「やり直せるかどうかより、『やり直さずに済ませる』ことを考えたい」

遺産分割のやり直しについてご相談を受けるとき、私たちがまずお伝えするのは、「法律上できるかどうか」と「実際にやって得かどうか」は別の問題ですということです。相続人全員が合意すれば、たしかに分け直すことはできます。しかしそのために、相続税を払ったうえに贈与税まで課されることになれば、手元に残るものは大きく目減りしてしまいます。

一方で、相続人を一人欠いていた協議や、だまされて署名させられた協議は、そもそも法律上の効力に問題があります。この場合は、堂々とやり直しを主張すべき場面です。ご自身のケースがどの類型に当たるのか――ここを見誤ると、打つべき手を間違えてしまいます。

そして何より申し上げたいのは、最初の遺産分割を、時間をかけて丁寧に行うことの大切さです。相続人を戸籍で確定し、財産をもれなく洗い出し、「あとから財産が出てきたらどうするか」まで協議書に書いておく。この手間を惜しまなければ、やり直しという重い選択を迫られる場面は、ずいぶん減らせます。当センターでは、提携する弁護士・税理士・司法書士と連携し、最初の一歩から、やり直しのご相談まで、中立的にお手伝いしております。どうぞお気軽にご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

遺産分割協議のやり直しでよくある7つの落とし穴

当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、遺産分割のやり直しをめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。

  1. 「約束を破られたのだから、当然やり直せる」と思い込む 介護などの負担の不履行を理由に、遺産分割協議を一方的に解除することは、最高裁の判例上認められていません。
  2. やり直しの税金を考えずに分け直してしまう 全員合意による分け直しは、税務上は相続人どうしの贈与・譲渡と扱われ得ます。贈与税・譲渡所得税の試算を必ず先に。
  3. 「合意解除」と「無効・取消し」を区別していない 見た目は同じ「やり直し」でも、法律上の位置づけも税金の扱いも別物です。まず自分のケースの類型を見極めましょう。
  4. 多数決でやり直せると思っている 合意解除には相続人全員の同意が必要です。一人でも反対すれば、この方法によるやり直しはできません。
  5. 相続人の調査を省いて協議してしまう 知らない相続人がいた場合、その協議は原則として無効です。戸籍による相続人の確定を省略してはいけません。
  6. 財産が見つかるたびに全部やり直そうとする 原則は、新たに見つかった財産についてのみ協議すれば足ります。全体をやり直す必要は通常ありません。
  7. やり直した内容を書面に残さない 分け直したなら、あらためて全員の署名・実印による協議書を作成しましょう。口約束は次の争いの種になります。

この記事のまとめ

  • 成立した遺産分割協議も、相続人全員が合意すれば解除して分け直せる(最高裁平成2年9月27日判決)。一人でも反対すれば不可。
  • 「介護の約束を守らない」といった債務不履行を理由に、一方的に解除することはできない(最高裁平成元年2月9日判決)。約束は別個の債務として履行・損害賠償を求めることになる。
  • 相続人の一部を欠いて行った協議は原則として無効。やり直し以前に、そもそも効力が生じていない。
  • 錯誤(民法95条)・詐欺・強迫(民法96条)があれば、取消しを主張できる余地がある。ただし「納得できない」だけでは足りない。
  • あとから財産が見つかった場合は、原則としてその財産についてのみ協議すればよく、全部をやり直す必要はない。
  • 最大の注意点は税金。全員合意でのやり直しによる再分配は、税務上は贈与・譲渡と扱われ、贈与税・譲渡所得税がかかり得る。実行前に必ず税理士へ。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。遺産分割協議のやり直しが認められるかどうか、無効・取消しの主張が通るかどうか、またやり直しにともなう贈与税・譲渡所得税・更正の請求の可否や期限は、事実関係・財産の種類・時期によって結論が変わり得ます。判例の理解や条文の適用についても、個別の事案ごとの検討が欠かせません。本記事の内容は2026年7月時点の情報に基づいていますが、実際の判断にあたっては、必ず弁護士・税理士などの専門家、および法務省国税庁等の一次情報で最新の内容をご確認ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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