配偶者短期居住権とは――残された配偶者の「住まい」を守る権利

配偶者短期居住権とは、被相続人(亡くなった方)の建物に相続開始のときに無償で住んでいた配偶者が、相続開始後の一定期間、その建物を引き続き無償で使用できる権利をいいます。民法の相続に関する規定を大きく見直した平成30年の改正で新しく設けられ、令和2年(2020年)4月1日から施行されました。条文は民法第1037条から第1041条までに置かれています。

ポイントは、この権利が遺言や遺産分割の合意がなくても、法律の要件を満たせば当然に発生するという点です。配偶者が「住まわせてください」と誰かにお願いする必要はありません。相続開始の時点で自宅に無償で住んでいれば、それだけで一定期間の居住が法律によって守られます。

配偶者短期居住権
=相続開始後、最低でも6か月は自宅に無償で住める権利
民法1037条〜1041条・令和2年4月1日施行/遺言や合意がなくても法律上当然に発生する

「短期」という名前のとおり、これはあくまで一時的に住まいを確保するための権利です。遺産分割の話し合いがまとまるまでの間、あるいは引っ越し先を探すまでの間、配偶者が住む場所に困らないようにする――そのための、いわば「猶予期間」を保障する仕組みだとお考えいただくと分かりやすいでしょう。

なぜ令和2年に新設されたのか――従来の判例では守りきれなかった

「昔から、配偶者が自宅に住み続けるのは当たり前だったのでは?」と思われるかもしれません。確かに、以前から裁判所は配偶者の居住をある程度は守ってきました。被相続人と配偶者が同居していた場合には、両者の間に「無償で住まわせる」という使用貸借の合意があったと推認するという考え方(最高裁平成8年12月17日判決)です。

しかし、この従来の考え方には、大きな穴がありました。あくまで「当事者の間にそういう合意があったと推認できる」という理屈なので、被相続人が「自宅は長男に相続させる」「自宅を第三者に遺贈する」と遺言していた場合には、その合意を推認できず、配偶者の居住が守られないおそれがあったのです。また、他の相続人が「そんな合意はなかった」と反論すれば、争いになりかねませんでした。

「合意があったはず」という不安定な守りから、「法律上の権利」へ

そこで平成30年の相続法改正では、従来の判例の考え方を明文化し、さらに手厚くする形で配偶者短期居住権が創設されました。従来は「合意があったと推認できる場合」に限られていた保護を、相続開始時に無償で居住していれば、遺言で自宅が他人に遺贈されていても、法律上当然に一定期間は守られるという、より確実な権利へと格上げしたのです。残された配偶者が、相続が起きた直後に住まいを失うという酷な事態を防ぐ――それがこの制度の狙いです。

成立の要件――相続開始時に「無償で居住」していたこと

配偶者短期居住権は、民法1037条1項本文により、次の要件を満たせば当然に成立します。難しい手続きは必要ありません。

要件 1 被相続人の財産に属した建物であること
要件 2 相続開始の時に配偶者がその建物に無償で居住していたこと

ここでいう「配偶者」は、法律上の婚姻関係にある配偶者を指します。内縁関係(事実婚)のパートナーは、残念ながらこの権利の対象にはなりません。また、「無償で居住」とあるとおり、被相続人に家賃を払って住んでいたようなケースは、この短期居住権ではなく賃貸借の問題として扱われます。

[建物の一部だけに住んでいた場合]
店舗兼住宅のように、建物の一部だけを住まいとして使っていた場合には、その居住していた部分について配偶者短期居住権が認められます(民法1037条1項本文)。建物全体ではなく、実際に住んでいた範囲が対象になる、という点をおさえておきましょう。

なお、この権利は登記をすることができません。後述する配偶者居住権(長期)が登記できるのとは対照的です。短期居住権はあくまで一時的なものなので、居住建物を取得した人に対して主張できれば足りる、という整理になっています。

いつまで住めるのか――存続期間の2つのパターン

では、配偶者はいつまで住み続けられるのでしょうか。存続期間は、居住していた建物を「遺産分割で決めることになるかどうか」によって2つのパターンに分かれます(民法1037条1項各号)。

パターン① 居住建物を配偶者を含む相続人で遺産分割する場合

自宅を誰が相続するかを、配偶者自身も加わって遺産分割で決めるという、最も多いケースです。この場合の存続期間は、次のどちらか遅い日までとされています。

「遺産分割で居住建物の帰属が確定した日」

「相続開始の時から6か月を経過する日」
いずれか遅い日まで
民法1037条1項1号。つまり、どんなに早く遺産分割がまとまっても、最低6か月は住める

ここが大切なところです。たとえ遺産分割が相続開始から1か月でスピード決着したとしても、配偶者は最低6か月は住み続けられるのです。逆に、遺産分割が長引いて8か月かかったなら、その帰属確定の日まで住めます。「最低6か月は保障される」と覚えておくとよいでしょう。

パターン② それ以外の場合(自宅が第三者に遺贈された等)

被相続人が遺言で自宅を配偶者以外の人に遺贈していたような、配偶者が遺産分割に加わらないケースです。この場合、居住建物を取得した人(居住建物取得者)は、いつでも配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができ、存続期間は次のようになります。

居住建物取得者が消滅の申入れをした日
から6か月を経過する日まで
民法1037条1項2号・3項。申入れを受けても、なお6か月の猶予がある

つまり、自宅を取得した人から「出ていってほしい」と申入れを受けても、その日からさらに6か月間は住み続けることができます。いきなり追い出されるのではなく、引っ越し先を探すための猶予が必ず確保される、という設計です。

[配偶者の負担――通常の必要費は配偶者が負担する]
配偶者短期居住権は無償ですが、まったく何も負担しなくてよいわけではありません。民法1041条は配偶者居住権の一部の規定を準用しており、居住建物の通常の必要費(固定資産税や小規模な修繕費など)は配偶者が負担するものとされています。また、配偶者は善良な管理者の注意をもって建物を使用する義務を負い、勝手に増改築したり第三者に使わせたりするには所有者の承諾が必要です。

成立しない場合――配偶者居住権の取得・欠格・廃除の3つ

ここは特に誤解の多いところなので、正確におさえてください。配偶者短期居住権が成立しないのは、民法1037条1項ただし書に列挙された、次の3つの場合だけです。

成立しないケース理由
①相続開始時に、その建物について配偶者居住権(長期)を取得したとき 長期の居住権で守られるため、短期は不要になる
②民法891条の相続欠格に該当するとき 相続人となることができない立場になっている
③廃除によって相続権を失ったとき 家庭裁判所の審判で相続人から外されている

②の相続欠格とは、被相続人を殺害して刑に処せられた、遺言書を偽造・破棄・隠匿したなど、民法891条が定める重大な事情がある場合に、当然に相続人の資格を失う制度です。③の廃除は、被相続人を虐待するなどした相続人について、被相続人の請求により家庭裁判所が相続権を奪う制度です。いずれも、そもそも相続人としての地位を失っている以上、居住を保障する前提を欠く、という理由によります。

【重要】配偶者が「相続放棄」をしても、短期居住権は成立する

よくある誤解が、「配偶者が相続放棄をしたら、短期居住権も使えなくなる」というものです。これは誤りです。民法1037条1項ただし書に列挙された除外事由は、①配偶者居住権の取得・②相続欠格・③廃除の3つだけで、「相続放棄」は含まれていません。相続放棄をした配偶者であっても、短期的に住まいを確保する必要性は変わらないと考えられるため、配偶者短期居住権は成立します。たとえば「亡夫に多額の借金があったので相続放棄したが、当面の住まいは確保したい」という場合でも、無償居住していた自宅には引き続き一定期間住むことができる、というわけです。ここは条文の列挙をそのまま読めば分かる大切なポイントです。

配偶者居住権(長期)との違い――名前は似ているが別の権利

配偶者短期居住権と、名前のよく似た配偶者居住権(長期)は、まったく別の制度です。混同されがちなので、違いを整理しておきましょう。

比較項目配偶者短期居住権配偶者居住権(長期)
根拠条文 民法1037条〜1041条 民法1028条〜1036条
存続期間 最低6か月など、短期間 原則として配偶者が亡くなるまで(終身)※期間を定めることも可
取得のしかた 要件を満たせば当然に発生 遺産分割・遺贈・死因贈与などで取得する
登記 できない できる(登記すれば第三者に対抗できる)
財産的価値 なし あり(金銭的に評価される)
相続税 課税対象にならない 課税対象になる(評価して相続税がかかる)

ひとことで言えば、短期居住権は「引っ越し先を探すまでの一時的な住まいの確保」、配偶者居住権(長期)は「生涯にわたって自宅に住み続けるための権利」です。長期の配偶者居住権は、自宅の所有権そのものを取得するよりも配偶者が受け取る財産を抑えられるため、預貯金など他の財産も相続しやすくなるという相続税・遺産分割上のメリットがあり、こちらは別の記事で詳しく解説しています。

相続税はどうなるのか――課税されない理由と遺産分割への影響

配偶者短期居住権の大きな特徴が、相続税の課税対象にならないという点です。国税庁の研究資料などでも、配偶者短期居住権は財産的な価値が乏しく、相続税の課税になじまない権利と整理されています。

理由は、この権利の性質にあります。配偶者短期居住権は短期間で消滅する一時的なものであり、登記もできず、他人に譲ったりお金に換えたりできる性質のものでもありません。そのため、金銭的な価値を持つ「財産」としては扱われないのです。配偶者居住権(長期)が財産として評価され相続税がかかるのとは、この点が決定的に異なります。

遺産分割でも、配偶者の「取り分」に響かない

相続税がかからないことは、遺産分割にも良い影響があります。もし配偶者短期居住権に財産的価値があるとされてしまうと、「配偶者は6か月ぶんの居住利益を受け取ったのだから、そのぶん他の財産の取り分を減らすべきだ」といった主張が出かねません。しかし、この権利は財産的価値のないものとされているため、短期居住権を得たからといって、配偶者が受け取る預貯金などの取り分が減らされることはありません。残された配偶者の生活を守るという制度の趣旨が、税務・遺産分割の両面で貫かれているのです。

なお、税務上の取扱いや評価の詳細は個別の事情によって変わり得ますので、実際の申告にあたっては最新の情報を国税庁や税理士にご確認ください。相続税全体の考え方については配偶者の税額軽減もあわせてご覧いただくと、配偶者に関わる相続税の全体像がつかめます。

よくある相談事例
※以下の事例は実際のご相談をもとにした架空のケースです。実在の個人・団体とは関係ありません。

「夫の遺言で自宅は長男に。でも、すぐ出ていく必要はなかったケース」

Sさん(70代・女性)は、長年ご主人と暮らしてきたご自宅で、ご主人を看取られました。四十九日が過ぎたころ、ご主人の遺言書が見つかり、そこには「自宅は長男に相続させる」と書かれていました。長男とは折り合いがあまりよくなく、Sさんは「家を出ていかなければならないのか」「すぐにでも追い出されるのでは」と、たいへん不安になって当センターにご相談に来られました。

お話をうかがい、当センターから提携する司法書士におつなぎしたところ、Sさんには配偶者短期居住権が成立していることが確認できました。Sさんは相続開始のときにこの自宅に無償で住んでいましたから、たとえ遺言で自宅が長男に相続させられていても、長男から消滅の申入れを受けた日から6か月間は、無償で住み続けられるのです。「遺言に自宅は長男へと書いてあっても、明日出ていけと言われるわけではないのですね」と、Sさんはほっと胸をなでおろされました。

結果として、Sさんはこの猶予期間の間に、落ち着いて今後の住まいを検討することができました。相続が起きても、残された配偶者がいきなり住まいを失うことはない――配偶者短期居住権が、まさにそのために働いた事例です。

― 私たちから一言 ―

「まず住まいの心配を取り除くことから」

配偶者を亡くされた方のご相談で、私たちが何より大切にしているのは、「これからどこに住むのか」という一番の不安を、早い段階で和らげることです。遺産分割や相続税の話は、そのあとで落ち着いて進められます。配偶者短期居住権は、まさにその「当面の住まいは大丈夫ですよ」という安心を、法律が保障してくれる仕組みです。

特にお伝えしたいのは、遺言で自宅が他の相続人や第三者に渡ることになっていても、相続放棄をしていても、無償で住んでいた配偶者はすぐには追い出されないということです。「遺言に書いてあるから」「借金があって放棄したから」と、ご自分で早合点して家を出てしまう必要はありません。最低でも6か月という猶予の中で、次の住まいをゆっくり考えていただけます。

とはいえ、短期居住権はあくまで一時的なものです。その先も自宅に住み続けたいのであれば、配偶者居住権(長期)の取得や、自宅そのものの相続を、遺産分割の中で検討していく必要があります。当センターでは、提携する司法書士・税理士と連携し、目の前の住まいの確保から、その先の相続手続き・相続税まで、中立的な立場で継続的にお手伝いしております。住まいのことで不安を感じられたら、どうぞ一人で抱え込まず、お気軽にご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

配偶者短期居住権でよくある7つの落とし穴

当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、配偶者短期居住権をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。

  1. 「配偶者居住権(長期)」と混同してしまう 名前は似ていますが別の制度です。短期は最低6か月など一時的・登記不可・相続税なし、長期は原則終身・登記可・相続税ありと、性質がまったく異なります。
  2. 相続放棄をしたら使えないと思い込む 相続放棄は成立しない事由に含まれていません。放棄をした配偶者でも、無償居住していた自宅には配偶者短期居住権が成立します。
  3. 遺言で自宅が他人に渡るから、すぐ出ていくと考えてしまう 遺言で第三者や他の相続人に自宅が渡っても、消滅の申入れを受けた日から6か月は住み続けられます。いきなり追い出されることはありません。
  4. 内縁のパートナーにも認められると誤解する 対象は法律上の婚姻関係にある配偶者です。事実婚(内縁)のパートナーは、この権利では守られません。
  5. 家賃を払って住んでいた場合まで対象と思う 要件は「無償で居住」していたことです。被相続人に家賃を払っていた場合は、この短期居住権ではなく賃貸借の問題になります。
  6. まったく費用を負担しなくてよいと考える 使用は無償でも、固定資産税など通常の必要費は配偶者が負担します。また善良な管理者の注意義務を負い、増改築などには所有者の承諾が要ります。
  7. 短期居住権があるからと、その先の対策を怠る 短期居住権は一時的なものです。ずっと住み続けたいなら、配偶者居住権(長期)や自宅の相続を遺産分割の中で早めに検討する必要があります。

この記事のまとめ

  • 配偶者短期居住権(民法1037条〜1041条・令和2年4月1日施行)は、被相続人の建物に無償で住んでいた配偶者が、相続開始後も一定期間その家に無償で住み続けられる権利。
  • 遺言や遺産分割の合意がなくても、要件を満たせば法律上当然に発生する。
  • 存続期間は、居住建物を遺産分割する場合は「遺産分割で帰属が確定した日」と「相続開始から6か月を経過する日」のいずれか遅い日まで。それ以外は所有者からの消滅の申入れから6か月を経過する日まで。いずれも最低6か月は保障される。
  • 成立しないのは、①配偶者居住権(長期)の取得、②相続欠格(民法891条)、③廃除の3つの場合のみ。相続放棄は除外事由に含まれず、放棄しても成立する。
  • 対象は法律上の配偶者に限られ、内縁(事実婚)は対象外。「無償で居住」が要件で、家賃を払っていた場合は対象外。
  • 登記はできない。使用は無償だが、固定資産税など通常の必要費は配偶者が負担し、善管注意義務を負う。
  • 財産的価値のない権利とされ、相続税の課税対象にならず、配偶者の遺産の取り分を減らすこともない。
  • あくまで一時的な権利。長く住み続けたいなら、配偶者居住権(長期)や自宅の相続を別途検討する必要がある。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。配偶者短期居住権の成立の有無、存続期間、居住建物取得者との関係、必要費の負担、遺産分割や相続税への影響などは、建物の名義・利用状況・遺言の内容・相続人の構成などによって結論が変わり得ます。法律や制度は改正され得ます。本記事の内容は2026年7月時点の情報に基づいていますが、実際のご判断にあたっては、必ず弁護士・司法書士・税理士などの専門家、および法務省国税庁等の一次情報で最新の内容をご確認ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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