「そのまま続ければよい」が通らない理由――個人事業は事業主と一体である

まず、法人との違いをはっきりさせておきます。ここが分かれば、あとの手続きは筋道が見えてきます。

 法人(会社)の場合個人事業の場合
相続の対象 被相続人が持っていた株式(持分)が相続される。会社そのものは存続する 事業用の個々の資産・負債が相続される。「事業」という塊が丸ごと承継されるわけではない
屋号・許認可 会社名義のまま継続する 屋号は使い続けられるが、許認可は原則として承継されない(法令により相続人の届出等で承継できるものもあります)
税務上の扱い 会社の申告はこれまでどおり続く 被相続人は廃業、相続人は新規開業として扱われるのが基本
青色申告 会社の承認がそのまま続く 被相続人の承認は相続人に引き継がれない
取引先との契約 会社が当事者なので影響が小さい 個人が当事者。契約の巻き直しや名義変更が必要になることが多い
個人事業の相続 = 承継ではなく
被相続人の廃業 + 相続人の新規開業
看板も取引先も同じでも、税務上は「別の事業者」として扱われるのが基本です

だからこそ、抜けやすい

日常の景色が何も変わらないので、手続きが必要だという感覚そのものが生まれにくい――これが、個人事業の相続の一番の難しさです。当センターにご相談いただく事案でも、「気づいたら青色申告の期限が過ぎていた」「消費税の課税事業者になっていたことを翌年知った」というものが少なくありません。

許認可は「そのまま」ではありません

建設業、飲食業、理美容業、運送業、酒類販売、古物商――事業を営むために許可・免許・登録が必要な業種は数多くあります。個人の許認可は原則としてその個人に与えられたものですので、相続人がそのまま使えるとは限りません。法令によっては、相続人が一定期間内に届出や認可申請をすることで地位を承継できる仕組みが設けられているものもあり、期限が短いものもあります。業種ごとに取り扱いがまったく異なりますので、事業を続けられるのであれば、まず所管の官公庁または行政書士に、許認可の取り扱いを最優先で確認してください。

期限の全体像――1か月・2か月・4か月、そして年内に決まる分かれ道

個別の説明に入る前に、全体を一枚の表にしておきます。この表を印刷して、手元に置いていただくだけでも、抜け落ちはかなり防げます。

いつまで何を誰について
おおむね1か月以内 個人事業の開業・廃業等届出書(被相続人の廃業)/相続人が事業を続けるなら自身の開業の届出給与支払事務所等の廃止・開設の届出 被相続人・相続人
速やかに 消費税の「個人事業者の死亡届出書」/インボイス登録があれば「適格請求書発行事業者の死亡届出書」 被相続人(相続人が提出)
2か月以内 青色事業専従者給与に関する届出書(相続人が新たに事業を開始し、専従者がいる場合) 相続人
3か月以内 相続放棄・限定承認の申述(家庭裁判所) 相続人
4か月以内 準確定申告(所得税法125条)/青色申告承認申請書(死亡日が1月1日〜8月31日の場合)/インボイスはみなし登録期間(最長で死亡日の翌日から4か月)が終わるまでに相続人自身の登録を受ける 被相続人・相続人
10か月以内 相続税の申告・納付 相続人
[「4か月」の起算日にご注意ください]
準確定申告の期限は、死亡の日からではなく、「相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内」です(所得税法125条)。実務上は死亡日と一致することがほとんどですが、ご事情によっては知った日が後になることもあります。一方、青色申告承認申請書の期限のうち「死亡日が1月1日〜8月31日の場合の4か月以内」は、死亡の日を基準とする整理が国税庁の案内で示されています。似た「4か月」でも起算点の説明が異なりますので、実際の申請にあたっては必ず税務署または税理士にご確認ください。

被相続人側の手続き――廃業等届出書と準確定申告(所得税法125条)

まずは、亡くなった方についての手続きです。

個人事業の開業・廃業等届出書

被相続人の事業は死亡により廃止されたものとして扱われますので、「個人事業の開業・廃業等届出書」を、相続人が被相続人に代わって提出します。提出期限は、廃業の日からおおむね1か月以内とされています。提出先は、被相続人の納税地を所轄する税務署です。

[用紙は1枚、書き方が二役です]
この様式は「開業」と「廃業」の両方を兼ねた1枚の用紙です。被相続人については「廃業」にチェックを入れて事由欄に相続である旨を記載し、相続人が事業を続ける場合は相続人自身の名前で「開業」の届出をあらためて行います。用紙の記載方法は税務署によって案内が異なることがありますので、迷われたら所轄税務署にお尋ねください。

準確定申告――「知った日の翌日から4か月以内」

年の中途で亡くなられた方について、その年の1月1日から死亡の日までの所得を、相続人が申告・納税します。これが準確定申告です。

準確定申告の期限
= 相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内
所得税法125条。相続人が2人以上いる場合は、原則として全員が連署して提出します

事業に借入れや保証があるときは、放棄の判断が先です

個人事業では、事業用の借入れも、被相続人個人の債務です。取引先への買掛金、リース債務、そして他社の借入れに対する保証債務まで、相続の対象になり得ます。相続放棄・限定承認の申述期限は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月です。「事業を続けるかどうか」の判断は、この3か月の中で、資産と負債の全体像を見てから行ってください。詳しくは借金・保証債務の相続および相続放棄の記事をご覧ください。

相続人側の手続き――開業届と「青色申告承認申請書」の特別な期限

ここからは、事業を引き継ぐ相続人側の手続きです。この章が、本記事でいちばんお伝えしたいところかもしれません。

青色申告の承認は、引き継がれません

お父さまが何十年も青色申告をされていたとしても、その承認が、事業を継いだお子さまに自動的に引き継がれることはありません。相続人が青色申告をするには、相続人自身が「所得税の青色申告承認申請書」を提出し、あらためて承認を受ける必要があります。

そして、この申請書には相続の場合の特別な期限が設けられています。国税庁の案内によれば、被相続人が青色申告をしていた事業を相続人が承継した場合、期限は死亡の日がいつかによって次のように分かれます。

被相続人が亡くなった日青色申告承認申請書の提出期限
1月1日 〜 8月31日死亡の日から4か月以内
9月1日 〜 10月31日その年の12月31日まで
11月1日 〜 12月31日その年の翌年2月15日まで

この期限を過ぎると、その年分は青色申告ができません

青色申告ができないということは、青色申告特別控除も、青色事業専従者給与も、純損失の繰越控除も使えないということです。事業の規模によっては、税額に大きな差が生じます。特に危ないのが、9月〜10月に亡くなられた場合です。「4か月あるはず」と思っていると、実際の期限はその年の12月31日で、4か月より短くなります。年末の慌ただしさの中で見落とされやすい期限です。なお、相続人がもともとご自身で事業を営んでいて既に青色申告の承認を受けている場合など、事情によって取り扱いは変わります。必ず税務署または税理士にご確認ください。

青色事業専従者給与に関する届出書

お母さまが経理を手伝っておられた、といったケースでは、青色事業専従者給与の届出も必要になります。原則はその適用を受けようとする年の3月15日までですが、新たに事業を開始した場合や、新たに専従者がいることとなった場合は、その日からおおむね2か月以内とされています。相続で年の中途に事業を引き継ぐ場合には、後者が適用されます。青色申告承認申請書と同じタイミングで、セットで検討してください。

そのほか、忘れやすい届出

ご相談事例

※ 以下は、実際のご相談を踏まえて構成した架空の事例です。特定の個人・団体とは関係ありません。

「看板も従業員も同じなので、何も変わらないと思っていました」

ご相談にいらしたのは、10月にお父さまを亡くされた40代のご長男でした。お父さまは地方都市で従業員3名の内装工事業を個人で営んでおられ、ご長男は10年以上、その現場で職人として働いてこられた方です。お父さまが倒れられてからは、実質的にご長男が現場を回しておられました。

ご相談は、翌年の1月に入ってからでした。第一声は、こうです。「工事も従業員もそのまま続いていますので、確定申告のときにまとめてやればよいと思っていました」と。

私たちがご説明しなければならなかったのは、いくつかの残念なお知らせでした。第一に、青色申告承認申請書の期限です。お父さまが亡くなられたのは10月でしたので、期限はその年の12月31日。ご相談の時点で、すでに過ぎておりました。「4か月あると聞いていたのですが」とご長男は仰いましたが、9月1日から10月31日までに亡くなられた場合の期限は、その年の12月31日です。この年分について、ご長男は白色申告で進めることになりました。

第二に、準確定申告です。こちらは幸い、知った日の翌日から4か月以内の期限内でしたので、急いで着手いたしました。お父さまの事業について、1月1日から10月の死亡日までの売上と経費を締め、棚卸しを行い、従業員の給与や源泉所得税を整理する――期中に一年分の決算作業をするようなもので、ここは税理士の先生に相当ご苦労をおかけしました。

第三に、インボイスです。お父さまは適格請求書発行事業者の登録を受けておられました。ところが登録番号は相続人に引き継がれません。ご長男は「これまでどおりの請求書を出していました」と仰いましたが、みなし登録期間の考え方と、ご自身の登録申請の必要性をご説明することになりました。取引先への説明も含め、ここが最も慌ただしい対応となりました。

この事案から申し上げたいことは、ひとつです。「現場が止まっていない」ことと、「手続きが済んでいる」ことは、まったく別だということです。個人事業の相続では、日常が続いているように見えるほど、期限は静かに過ぎていきます。

消費税――「相続があった年・翌年・翌々年」で判定が変わる(消費税法10条)

ここは、専門家でも慎重に判定する領域です。考え方の骨格だけ、正しくつかんでいただければ十分です。

まず、原則の考え方

消費税は、基準期間(原則として2年前の年)の課税売上高が1,000万円を超えるかどうかで、納税義務があるかを判定するのが原則です。ところが相続では、お子さまがこれまで事業をしていなかった場合、基準期間の課税売上高は当然ゼロになります。それでは、被相続人の売上規模がどれだけ大きくても、相続人はしばらく免税事業者のままでいられることになってしまいます。この不均衡を調整するのが、消費税法10条(相続があった場合の納税義務の免除の特例)です。

時期判定の考え方
相続があった年 相続人自身の基準期間における課税売上高が1,000万円以下であっても、被相続人の基準期間における課税売上高が1,000万円を超えているときは、相続開始の日の翌日からその年の12月31日までの間の課税資産の譲渡等について、納税義務が免除されません。
相続があった年の翌年・翌々年 相続人の基準期間における課税売上高と、被相続人の基準期間における課税売上高との合計額が1,000万円を超えるときは、納税義務が免除されません。
相続があった年 = 被相続人の基準期間の課税売上高で判定
翌年・翌々年 = 被相続人+相続人の合計で判定
消費税法10条。実際の判定には基準期間・特定期間などの細かな要件が絡みます

実務で怖いのは、「年の途中から課税事業者になる」こと

この特例のいちばん厄介なところは、相続があった年について、相続開始の日の翌日を境に取り扱いが変わる点です。「今年は免税事業者のつもりでいたら、実は父の死亡の翌日から課税事業者だった」という事態が起こり得ます。

気づくのが翌年では、間に合わないことがあります

課税事業者になるということは、売上に含まれる消費税を計算し、申告・納付する義務が生じるということです。その前提として、仕入税額控除のための帳簿・請求書等の保存が必要になります。後から「実は課税事業者でした」と分かっても、保存要件を満たしていない期間の分は取り返しがつかないことがあります。また、簡易課税制度を選ぶのであれば、原則として適用を受けようとする課税期間の開始の日の前日までに届出が必要で、相続の場合には特別な取り扱いも定められています。消費税の判定は個別性が非常に高い分野です。事業を引き継ぐと決めた時点で、できるだけ早く税理士にご相談ください。

「個人事業者の死亡届出書」も忘れずに

被相続人が消費税の課税事業者であった場合、「個人事業者の死亡届出書」を相続人が提出します。提出期限は「速やかに」とされており、明確な日数が定められているものではありません。他の届出と一緒に、早めに処理してしまうのが安全です。

インボイス――登録番号は引き継げない。「みなし登録期間」という猶予

2023年10月に始まったインボイス制度は、個人事業の相続に新しい論点を持ち込みました。

登録番号は、その人のものです

適格請求書発行事業者の登録番号は、登録を受けた事業者に固有のものであり、相続人がそのまま使い続けることはできません。相続人が適格請求書を発行し続けるには、相続人自身が登録を受ける必要があります。

「みなし登録期間」――手続きの間の橋渡し

とはいえ、死亡の翌日からいきなり適格請求書が発行できなくなっては、取引が止まってしまいます。そこで、相続により事業を承継した相続人については、一定期間、被相続人の登録が相続人の登録とみなされる取り扱いが設けられています。これが「みなし登録期間」です。

みなし登録期間
= 死亡日の翌日から、次のうちいずれか早い日まで
① 相続人が登録を受けた日の前日
② 被相続人が死亡した日の翌日から4か月を経過する日
この期間中は、被相続人の登録番号を相続人の登録番号とみなす取り扱いがされています
  1. 「適格請求書発行事業者の死亡届出書」を提出します被相続人がインボイス登録を受けていた場合、相続人が「適格請求書発行事業者の死亡届出書」を提出します。消費税の「個人事業者の死亡届出書」とは別の様式ですので、両方が必要になる場合があります。
  2. 相続人自身の登録申請を、すぐに始めますみなし登録期間は長くても4か月ほどです。登録には審査の時間がかかりますので、事業を続けると決めたら、真っ先に着手すべき手続きのひとつです。
  3. 取引先への案内を用意します登録番号が変わりますので、請求書の様式や、取引先の登録情報の更新が必要になります。「番号が変わります」という一報を早めに入れておくと、先方の経理も助かります。
  4. 免税事業者に戻る選択肢も、検討の対象です相続人が消費税の免税事業者にあたる場合、あえて登録しないという判断もあり得ます。ただし、取引先が仕入税額控除を受けられなくなる影響を踏まえた判断が必要です。取引条件に関わる判断ですので、必ず税理士とご相談ください。
[期間の細かい取り扱いは、国税庁の資料でご確認ください]
みなし登録期間の起算・終期や、被相続人が登録取消しの届出をしていた場合などの取り扱いには、細かな定めがあります。制度の詳細と最新の運用は、国税庁のインボイス制度特設サイトでご確認ください。
― 私たちから一言 ―

「現場が止まっていないことが、いちばんの落とし穴です」

相続のご相談をお受けしていて、「ここは、ほかの相続とは種類が違うな」と感じる場面があります。個人事業を継がれる方のご相談が、まさにそれです。

通常の相続では、手続きが止まっていることが、目に見えます。凍結された口座、名義の変わらない不動産。「動いていない」という事実が、ご遺族の背中を押してくれます。ところが個人事業の場合、現場は動いているのです。朝になれば職人さんが集まり、電話が鳴り、材料が届き、請求書が出ていく。昨日と同じ一日が、当たり前のように続きます。だからこそ、「何かをしなければならない」という感覚が、そもそも湧いてこない。私たちが最も心配しているのは、この点です。

そのうえで申し上げたいのは、順序の話です。個人事業を継ぐという判断は、実は相続放棄をするかどうかの判断と、同じテーブルの上にあります。事業には、売掛金という財産もあれば、買掛金や借入金という負債もあります。取引先の借入れに保証を入れておられることもある。「継ぐと決めてから、あとで負債の大きさが分かった」では、取り返しがつきません。ですから私たちは、「まず3か月で全体像をつかみましょう。継ぐかどうかは、それから決めましょう」と申し上げるようにしています。お気持ちとしては継ぎたい――そのお気持ちは尊いものですが、数字を見てからでも遅くはありません。

もうひとつ、ご存命のうちにできる備えを申し上げます。個人事業をされている方は、「事業の見取り図」を一枚、書いておいてください。取引先と契約の一覧、借入先と残高、保証の有無、リース契約、許認可の種類と更新時期、顧問税理士の連絡先、青色申告かどうか、インボイス登録の有無。この一枚があるかないかで、残されたご家族の最初の3か月がまるで違います。ご商売をされてきた方ほど、頭の中にすべてが入っておられます。けれども、その頭の中は相続できません。当センターでは、事業を継がれる方の初動整理から、税理士・行政書士・司法書士との連携まで、一貫してお手伝いしております。「父の商売を続けたいのですが、何から手をつければよいでしょうか」――そのご相談から、どうぞお気軽にお電話ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

従業員・資産・損失――引き継げるもの、引き継げないもの

最後に、事業を構成する要素ごとに、承継の可否を整理します。

従業員に関する手続き

従業員の雇用契約は、当然には引き継がれません

個人事業の場合、雇用契約の使用者は事業主個人です。したがって、事業主の死亡によって雇用関係をどう取り扱うかは、法律上の整理が必要な問題になります。実務では、相続人が新たな使用者として雇用契約を結び直すという対応が取られることが多いのですが、労働条件の承継、有給休暇の取り扱い、退職金規程など、慎重な検討を要する論点が含まれます。従業員がいらっしゃる事業を引き継がれる場合は、必ず社会保険労務士または弁護士にご相談ください。

資産と損失――引き継げるもの、引き継げないもの

項目取り扱い
減価償却資産 取得価額・未償却残高・取得時期は、被相続人のものを引き継ぎます。相続時の時価に洗い替えるわけではありません。ただし償却方法の選択は相続人が改めて行うという整理がされていますので、税理士にご確認ください。
棚卸資産 被相続人の準確定申告で期末棚卸しを行い、相続人はこれを引き継いで事業を続けることになります。この棚卸しは、相続の時点で確実に実施しておく必要があります。
青色申告の承認 引き継がれません。相続人が改めて申請します(前述の特別な期限)。
純損失の繰越控除 原則として引き継がれません。被相続人固有のものとして扱われます。
貸倒引当金 被相続人が計上していたものを、そのまま相続人が引き継ぐという性質のものではありません。準確定申告での処理と、相続人側での再判定が必要です。
源泉所得税の納期の特例 引き継がれません。相続人が改めて申請します。

相続税の側から見た事業用資産

相続税の申告では、事業用の資産も、当然に相続財産です。店舗、工場、機械、車両、売掛金、棚卸資産――いずれも評価の対象になります。

そのうえで、事業用の宅地については「特定事業用宅地等」として小規模宅地等の特例を検討する余地があります。要件を満たす場合、400㎡までの部分について評価額が80%減額されます。ただし2019年度の改正により、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等は、原則としてこの特例の対象から除かれることとされました(その宅地の上で事業の用に供されている一定の減価償却資産の価額が、宅地等の価額の15%以上である場合を除くとされています)。適用の可否は個別の判定が必要です。必ず税理士にご確認ください。特例の全体像は小規模宅地等の特例の記事をご覧ください。

[個人版の事業承継税制という制度もあります]
個人事業者の事業用資産について、一定の要件のもとで相続税・贈与税の納税を猶予する個人版の事業承継税制が設けられています。適用を受けるには「個人事業承継計画」を都道府県知事に提出して確認を受ける必要があり、その提出期限は2028年(令和10年)9月30日、贈与・相続の実行期限は2028年(令和10年)12月31日とされています。法人版の特例承継計画(提出期限2027年9月30日・実行期限2027年12月31日)とは期限が異なりますので、混同なさらないようご注意ください。ただし、適用要件は多岐にわたり、期限もこれまで複数回の改正で変更されてきた経緯があります。実際の適用にあたっては、必ず中小企業庁および国税庁の最新の一次情報でご確認いただき、税理士にご相談ください。法人版の事業承継税制については事業承継税制(法人版)の記事で解説しています。

個人事業主の相続でよくある7つの落とし穴

当センターへのご相談の中で見えてきた、個人事業の相続をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。

  1. 「そのまま続くのだから、手続きは要らない」と思っている 個人事業は事業主と一体です。被相続人は廃業、相続人は新規開業として扱われるのが基本で、廃業等届出書・開業の届出・各種の届出が、それぞれ必要になります。現場が動いていることと、手続きが済んでいることは別です。
  2. 青色申告の承認が引き継がれると思っている 引き継がれません。相続人が改めて青色申告承認申請書を提出します。期限は死亡日が1月1日〜8月31日なら4か月以内、9月1日〜10月31日ならその年の12月31日、11月1日〜12月31日なら翌年2月15日です。
  3. 「4か月あるはず」と思い込み、9月〜10月の死亡で期限を落とす 9月1日から10月31日に亡くなられた場合、青色申告承認申請書の期限はその年の12月31日で、4か月より短くなります。年末の慌ただしさの中で、最も落としやすい期限です。
  4. 準確定申告の起算日と、前年分の申告を見落とす 期限は相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内(所得税法125条)。年明けすぐに亡くなられた場合、前年分の確定申告が未提出であれば、そちらも必要になります(所得税法124条)。
  5. 消費税の判定を「自分の売上だけ」で考えてしまう 消費税法10条により、相続があった年は被相続人の基準期間の課税売上高で、翌年・翌々年は被相続人と相続人の合計額で判定されます。年の途中から課税事業者になっていたという事態が起こり得ます。
  6. 被相続人のインボイス登録番号を、そのまま使い続けてしまう 登録番号は引き継げません。相続人が事業を承継した場合には「みなし登録期間」(死亡日の翌日から、相続人が登録を受けた日の前日または死亡日の翌日から4か月を経過する日のいずれか早い日まで)の取り扱いがありますが、その間に相続人自身の登録を済ませる必要があります。
  7. 負債と保証の全体像を見ないまま、「継ぐ」と決めてしまう 事業用の借入れ、買掛金、リース債務、他社の借入れに対する保証債務も相続の対象になり得ます。相続放棄・限定承認の申述期限は3か月です。継ぐかどうかは、資産と負債の全体像を見てから判断してください。

この記事のまとめ

  • 個人事業は事業主と一体であるため、被相続人の事業は死亡により廃止され、相続人は新規に開業したものとして扱われるのが基本。看板・取引先・従業員が同じでも、税務上は別の事業者として整理される。
  • 「個人事業の開業・廃業等届出書」は、被相続人の廃業について相続人が提出する。提出期限はおおむね1か月以内。相続人が事業を続ける場合は、自身の開業の届出もあわせて行う。
  • 準確定申告の期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内(所得税法125条)。相続人が2人以上いる場合は付表を添えて原則として全員が連署する。前年分が未提出のまま亡くなられた場合は、その年分についても申告が必要(所得税法124条)。
  • 被相続人の青色申告の承認は、相続人には引き継がれない。相続人が青色申告をするには「所得税の青色申告承認申請書」を提出する必要があり、被相続人が青色申告をしていた事業を承継した場合の期限は、死亡日が1月1日〜8月31日なら死亡の日から4か月以内、9月1日〜10月31日ならその年の12月31日、11月1日〜12月31日なら翌年2月15日とされている。
  • 青色事業専従者給与に関する届出書は、新たに事業を開始した場合や新たに専従者がいることとなった場合、その日からおおむね2か月以内が提出期限とされている。
  • 消費税法10条により、相続があった年は、相続人の基準期間の課税売上高が1,000万円以下でも、被相続人の基準期間の課税売上高が1,000万円を超えていれば、相続開始の日の翌日からその年12月31日までの課税資産の譲渡等について納税義務は免除されない。
  • 相続があった年の翌年・翌々年は、相続人と被相続人の基準期間における課税売上高の合計額が1,000万円を超えるかどうかで判定される。
  • 被相続人が課税事業者であった場合、「個人事業者の死亡届出書」を相続人が速やかに提出する。
  • インボイスの登録番号は相続人に引き継がれない。相続により事業を承継した相続人については、死亡日の翌日から、①相続人が登録を受けた日の前日、②死亡日の翌日から4か月を経過する日のいずれか早い日まで「みなし登録期間」として、被相続人の登録番号を相続人の登録番号とみなす取り扱いがある。「適格請求書発行事業者の死亡届出書」の提出も必要。
  • 従業員がいる場合、給与支払事務所等の廃止・開設の届出(おおむね1か月以内)、源泉所得税の納付、労働保険・社会保険の届出が必要になる。雇用契約の取り扱いは慎重な検討を要するため、社会保険労務士・弁護士に相談する。
  • 減価償却資産の取得価額・未償却残高・取得時期は被相続人から引き継ぐが、償却方法の選択は相続人が改めて行う整理。純損失の繰越控除・源泉所得税の納期の特例は引き継がれない。
  • 事業用の宅地は特定事業用宅地等として小規模宅地等の特例(400㎡まで80%減額)を検討できるが、2019年度改正により相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等は原則として対象外(一定の減価償却資産の価額が宅地等の価額の15%以上である場合を除く)とされている。
  • 事業用の借入れ・買掛金・リース債務・保証債務も相続の対象になり得る。相続放棄・限定承認の申述期限は自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月であり、「継ぐかどうか」はこの期間内に全体像を見てから判断する。
  • 許認可は原則として相続人にそのまま承継されるとは限らない。法令により相続人の届出等で地位を承継できる仕組みがあるものもあり、期限が短い場合もあるため、事業を続けるなら所管官庁・行政書士への確認を最優先で行う。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。個人事業の相続に関する各種届出の名称・様式・提出期限・提出先は、税目や手続きにより異なり、また改正されることがあります。特に青色申告承認申請書の期限、消費税法10条による納税義務の判定、簡易課税制度の届出の取り扱い、インボイスのみなし登録期間の具体的な起算・終期は、個別の事実関係により結論が変わり得ます。いずれも必ず所轄税務署または税理士にご確認ください。従業員の雇用契約・労働条件の取り扱いについては社会保険労務士または弁護士に、許認可の承継については所管官庁または行政書士に、相続放棄・限定承認については弁護士・司法書士にご相談ください。小規模宅地等の特例および個人版の事業承継税制の適用可否は個別の判定が必要であり、個人事業承継計画の提出期限など制度の内容は改正されている可能性があります。記載した条文番号・期限は執筆時点で確認したものですが、法令および税制は改正される可能性があります。本記事の内容は2026年8月時点の情報に基づいていますが、実際にお手続き・お申告をされる際は、必ず国税庁e-Gov法令検索中小企業庁などの一次情報で最新の内容をご確認のうえ、税理士・弁護士・司法書士・社会保険労務士・行政書士などの専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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