遺言書の撤回とは――いつでも、何度でも書き直せる(民法1022条)

遺言書の撤回とは、いったん作成した遺言を、遺言者自身が取り消して、その効力をなくすことをいいます。民法1022条は、「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる」と定めています。

ここで大切なのは、撤回に理由はいらず、回数の制限もないという点です。「一度書いたから」「家族に見せてしまったから」といって、縛られることはありません。遺言者が生きている限り、何度でも自由に書き直したり、取り消したりできるのが遺言の特徴です。

[なぜ「いつでも撤回できる」のか]
遺言は、あくまで遺言者が亡くなったとき(=相続開始のとき)に効力を生じるものです(民法985条)。生きている間は、まだ効力が発生していません。人の気持ちや家族の状況は時間とともに変わっていくものですから、最後の意思(いちばん新しい本心)をいちばん尊重しようという考えから、いつでも自由に撤回・変更できることになっているのです。

なお、遺言そのものの種類(自筆証書遺言・公正証書遺言など)の違いについては公正証書遺言と自筆証書遺言の違い、どちらを選ぶべきかで、それぞれの作り方については公正証書遺言の作り方、公証人が作る「もっとも確実な遺言」の費用・必要書類・流れでくわしく解説しています。あわせてご覧ください。

撤回の方法――前の遺言と同じ方式でなくてよい

遺言を撤回する方法として、いちばん確実なのは、新しい遺言書の中で「前の遺言を撤回する」とはっきり書くことです。たとえば「令和○年○月○日付で作成した遺言は、すべて撤回する」と新しい遺言に記載すれば、前の遺言は撤回されます。

ここでよく誤解されるのが、「公正証書遺言は、公正証書遺言でしか撤回できないのでは?」という点です。しかし、そうではありません。民法1022条は「遺言の方式に従って」撤回できると定めているだけで、前の遺言と同じ方式である必要はないとされています。

公正証書遺言を、自筆証書遺言で撤回することもできる

たとえば、公証役場で作った公正証書遺言を、あとから自分で書いた自筆証書遺言で撤回することも、法律上は可能です。逆に、自筆証書遺言を公正証書遺言で撤回することもできます。大切なのは、撤回のための新しい遺言が、遺言として有効に成立していることです。自筆証書遺言であれば、全文・日付・氏名の自書と押印などの要件(民法968条)を満たしている必要があります。要件を満たさない無効な遺言では、そもそも撤回の効力も生じませんので注意が必要です。

ただし、実務上は注意も必要です。せっかく費用をかけて作った公正証書遺言を、あとから作った自筆証書遺言で撤回・変更すると、その自筆証書遺言に不備があった場合に、かえって相続をこじらせることがあります。確実性を重視するなら、撤回や書き直しも公正証書で行う、あるいは専門家に相談したうえで進めるのが安心です。

「みなし撤回」――書き直さなくても撤回とみなされる場合

遺言の撤回は、「前の遺言を撤回する」と明確に書く方法(明示の撤回)だけではありません。民法は、はっきり撤回と書かなくても、一定の行為があれば「撤回したものとみなす」という規定を置いています。これを「みなし撤回(法定撤回)」といいます。

みなし撤回にあたるのは、大きく次の3つのパターンです。次章以降でそれぞれくわしく見ていきます。

みなし撤回のパターン条文
前の遺言と後の遺言が抵触する 民法1023条1項
遺言と、遺言後の生前処分(生前の売却・贈与など)が抵触する 民法1023条2項
遺言者が故意に遺言書または目的物を破棄する 民法1024条
[「みなし撤回」は意外と身近]
「昔書いた遺言のことをすっかり忘れて、新しい遺言を書いた」「遺言に書いた土地を、生前に売ってしまった」――こうしたことは決してめずらしくありません。みなし撤回のルールは、こういう場合に、どちらの意思を優先するかをあらかじめ決めておくためのものです。基本的な考え方は「新しい意思・あとの行動を優先する」という点で一貫しています。

前の遺言と後の遺言が抵触するとき(民法1023条)

複数の遺言書が残されていて、その内容が食い違っている(抵触している)ときは、どうなるのでしょうか。民法1023条1項は、「前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす」と定めています。

古い遺言 と 新しい遺言 が食い違う
→ 食い違う部分は 新しい遺言 が有効
「後の遺言」=日付が新しいほう。食い違わない部分は古い遺言も生きる

ポイントは、後から作った遺言がすべて優先されるわけではなく、あくまで「抵触する(食い違う)部分だけ」だという点です。たとえば、次のようなケースを考えてみましょう。

この場合、「自宅を誰に」という点は食い違っているので、新しい遺言が優先され、自宅は長女が相続します。一方、「預金は長女に」という部分は新しい遺言では触れられておらず、食い違っていないので、古い遺言のとおり預金は長女が相続する、と整理されます。このように、日付の確認と、どこが食い違っているかの読み取りがとても重要になります。

遺言後の「生前処分」も撤回とみなされる

民法1023条2項は、遺言の内容と、遺言をしたあとの生前処分(生きている間に財産を売ったり贈与したりすること)などが抵触する場合にも、その抵触する部分は撤回したものとみなす、と定めています。

たとえば、「A土地を長男に相続させる」と遺言していたのに、そのA土地を生前に第三者へ売却してしまった場合、A土地についての遺言は撤回されたものとみなされます。すでに手元にない財産を「相続させる」ことはできないためです。遺言を書いたあとに財産の内容が大きく変わったときは、遺言も見直すことが大切だとわかります。

遺言書の破棄・目的物の処分による撤回(民法1024条)

民法1024条は、「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす」と定めています。さらに、遺言者が遺言の目的物(遺言に書かれた財産)を故意に破棄したときも同様に撤回とみなされます。

つまり、遺言者自身が、自分の意思で遺言書を破り捨てたり、シュレッダーにかけたり、燃やしたりした場合には、その遺言を撤回したものとして扱われます。わざわざ「撤回する」という別の書面を作らなくても、遺言書そのものを処分することで撤回できる、というわけです。

公正証書遺言は「手元の正本を破っても」撤回にならない

注意したいのは、公正証書遺言の場合です。公正証書遺言は、原本が公証役場に保管されており、遺言者が持っているのは正本や謄本(コピーに相当するもの)です。そのため、手元の正本を破り捨てても、公証役場の原本は残っているので、それだけでは撤回になりません。公正証書遺言を撤回したいときは、新しい遺言を作って「前の遺言を撤回する」と記載するなど、別の方法をとる必要があります。「破ったから大丈夫」と思い込むのは危険です。

[「故意に」がポイント/うっかり・第三者の破棄は別]
1024条の撤回は、あくまで遺言者が「故意に(自分の意思で)」破棄した場合です。誤って捨ててしまった、災害で焼失した、家族が勝手に破った――といった場合は、この規定による撤回にはあたりません。ただし、自筆証書遺言の原本が失われてしまうと、内容の証明が難しくなり、結果として遺言を実現できなくなることもあります。大切な遺言書の保管方法も、あわせて考えておく必要があります。法務局が自筆証書遺言を預かる制度については自筆証書遺言書保管制度とは、法務局が遺言書を預かるしくみ・手数料・メリットを完全ガイドをご覧ください。

撤回した遺言は原則として復活しない(民法1025条)

「新しい遺言で古い遺言を撤回したけれど、やっぱり最初の遺言に戻したい」――そんなとき、新しい遺言のほうをさらに撤回すれば、最初の遺言が自動的によみがえるのでしょうか。

この点について民法1025条は、原則として「いったん撤回された遺言は、その撤回する行為がさらに撤回され、取り消され、または効力を生じなくなったとしても、その効力を回復しない」と定めています。これを「撤回擬制の非復活(ひふっかつ)」といいます。

「撤回の撤回」で元の遺言が自動的に復活するわけではない

たとえば、遺言Aを作ったあと、遺言Bで遺言Aを撤回したとします。その後、遺言Bをさらに撤回(=「撤回の撤回」)しても、原則として遺言Aは復活しません。もう一度、遺言Aと同じ内容を実現したいのであれば、あらためて新しい遺言を作り直すのが確実です。「BをなかったことにすればAに戻る」と考えていると、思わぬ結果になりかねません。ただし、撤回する行為が詐欺・強迫によるもので取り消された場合など、例外的に元の遺言の効力が復活することもあるとされています。この非復活のルールには例外や解釈上の議論もあり、具体的なケースでは判断が分かれることがあります。

[迷ったら「最新版に一本化」が安全]
遺言を何度も書き直していると、どれが最終版なのか、どの部分が生きているのかが分かりにくくなり、相続人の間でトラブルのもとになります。過去の遺言を活かそうとするより、「これまでの遺言をすべて撤回する」と明記したうえで、最新の意思をまとめて一通の遺言に書き直すほうが、はるかに分かりやすく安全です。撤回・書き直しの際は、この点を意識することをおすすめします。

撤回する権利は放棄できない(民法1026条)

最後に、遺言の撤回に関するもうひとつの大切なルールです。民法1026条は、「遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない」と定めています。

これは、たとえ遺言者が「この遺言は今後いっさい撤回しません」「二度と書き直しません」と約束したり、そうした条項を遺言に入れたりしても、その約束じたいが無効で、遺言者はいつでも自由に撤回できる、という意味です。誰かとの契約や口約束で、遺言を撤回する自由を縛ることはできません。

[「最後まで自由に変えられる」ことを守るための規定]
この規定は、遺言者の最後の意思を、最後まで自由なものとして守るための大切なルールです。もし「撤回しない」という約束に縛られてしまうと、状況が変わっても遺言を直せなくなり、かえって本人の意思に反する結果になりかねません。だからこそ、撤回の自由そのものは放棄できないことになっているのです。この考え方は、遺言が「いつでも書き直せる、生きている本人のためのもの」であることをよく表しています。
よくある相談事例
※以下の事例は実際のご相談をもとにした架空のケースです。実在の個人・団体とは関係ありません。

「古い公正証書遺言を、自分で書いたメモで直したつもりだったケース」

Nさん(70代・男性)は、10年前に公証役場で公正証書遺言を作っていました。当時は「自宅は長男に」と考えていましたが、その後、同居して介護をしてくれた次男に自宅を遺したいと気持ちが変わり、便せんに「自宅は次男に譲る。前の遺言は取り消す」とだけ書いて印鑑を押し、引き出しにしまっていました。ご本人は「これで書き直せたはず」と思っておられました。

当センターにご相談があり、提携する司法書士・弁護士と連携して確認したところ、Nさんが書いたメモは、日付の記載が抜けており、自筆証書遺言としての要件(全文・日付・氏名の自書と押印)を満たしていないおそれがありました。要件を満たさない書面では、そもそも遺言として無効になり、前の公正証書遺言を撤回する効力も生じない可能性があること、その場合は10年前の「自宅は長男に」という公正証書遺言が生きたままになりかねないことをご説明しました。

Nさんは驚かれ、「気持ちを書いておけば十分だと思っていました」とのこと。最終的には、あらためて公正証書遺言を作り直し、「以前の遺言はすべて撤回する」と明記したうえで、次男に自宅を相続させる内容に整理しました。「自由に書き直せると聞いて安心しましたが、直し方にもルールがあるんですね。きちんと形にできてよかったです」とのお言葉をいただきました。撤回・書き直しは「有効な遺言の形で行う」ことが何より大切だとわかるケースです。

― 私たちから一言 ―

「遺言は、いつでも書き直せます。だからこそ、直し方が大切です」

「一度遺言を書いたら、もう変えられない」と思い込んでいらっしゃる方は、とても多いです。しかし実際には、遺言は生きている間、いつでも、何度でも自由に書き直せます(民法1022条)。ご家族の状況やお気持ちが変わったら、そのつど見直していただいてかまいません。むしろ、大切なのは「最新の本心を、有効な形で残しておく」ことです。

気をつけていただきたいのは、直し方です。撤回や書き直しも、遺言として有効に成立していなければ効力がありません。とくに、費用をかけて作った公正証書遺言を、あとから不備のある自筆のメモで直そうとして、かえって混乱を招くケースが見られます。また、遺言を何通も残していると、どれが最終版か分からなくなり、相続人の争いのもとにもなります。私たちは、「これまでの遺言はすべて撤回する」と明記して、最新の意思を一通にまとめ直すことをおすすめしています。

当センターでは、提携する司法書士・弁護士・税理士などと連携し、遺言の書き直し・撤回のご相談から、公正証書での作り直しまで、中立的な立場でサポートしております。「昔の遺言をそのままにしている」「気持ちが変わったが直し方が分からない」という方は、どうぞお気軽にご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

遺言書の撤回・書き直しでよくある7つの落とし穴

当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、遺言書の撤回・書き直しをめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。

  1. 「一度書いた遺言は変えられない」と思い込む 遺言は生きている間ならいつでも何度でも撤回・書き直しができます(民法1022条)。状況が変わったら遠慮なく見直しましょう。
  2. 撤回・書き直しの書面が、そもそも遺言として無効 撤回も有効な遺言の形で行う必要があります。日付や自書・押印などの要件を欠くと、撤回の効力も生じないおそれがあります。
  3. 公正証書遺言を「手元の正本を破れば撤回できる」と誤解する 原本は公証役場に残っているため、正本を破っても撤回になりません。新しい遺言で撤回を明記するなどの方法が必要です。
  4. 複数の遺言で、どこが有効か分からなくなる 後の遺言が優先されるのは「食い違う部分だけ」です(民法1023条)。何通も残すより、最新版に一本化するのが安全です。
  5. 遺言に書いた財産を生前に処分したことを忘れている 遺言後に財産を売却・贈与すると、その部分は撤回とみなされます(民法1023条2項)。財産が変わったら遺言も見直しましょう。
  6. 「撤回の撤回」で古い遺言が自動的に復活すると思う 撤回した遺言は原則として復活しません(民法1025条)。元に戻したいなら、あらためて作り直すのが確実です。
  7. 自己判断だけで進め、要件や影響を確認しない 撤回・書き直しは影響が大きく、要件も細かい分野です。実際の作成にあたっては専門家や公証役場、法務省等の一次情報で確認しましょう。

この記事のまとめ

  • 遺言書は、遺言者が生きている間はいつでも、何度でも、自由に撤回・書き直しができる(民法1022条)。
  • 撤回の方式は前の遺言と同じでなくてよく、公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回することも可能。ただし撤回する遺言自体が有効である必要がある。
  • 前の遺言と後の遺言が抵触するときは、食い違う部分だけ後の遺言が優先される(民法1023条1項)。遺言後の生前処分と抵触する部分も撤回とみなされる(同2項)。
  • 遺言者が故意に遺言書や目的物を破棄すると撤回とみなされる(民法1024条)。ただし公正証書遺言は手元の正本を破っても撤回にならない。
  • いったん撤回した遺言は、撤回を撤回しても原則として復活しない(民法1025条)。元に戻したいなら作り直す。
  • 遺言を撤回する権利そのものは放棄できない(民法1026条)。撤回・書き直しは有効な形で行い、迷ったら専門家に相談を。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。遺言の撤回・書き直しの効力(撤回擬制の非復活など)、遺言の有効要件、複数の遺言が残されたときの解釈などは、個別の事情や改正によって変わることがあります。また、法律・通達は随時改正される場合があり、条文番号も改正で変わることがあります。本記事の内容は2026年7月時点の情報に基づいていますが、実際に遺言を作成・撤回・書き直しなさる際は、必ず司法書士・弁護士などの専門家、および民法(e-Gov法令検索)法務省・公証役場等の一次情報で最新の内容をご確認ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

遺言の作成・書き直しのご相談、承ります

FREE CONSULTATION

「昔の遺言を直したい」「気持ちが変わったが直し方が分からない」「複数の遺言があって不安」――
提携する司法書士・弁護士・税理士と連携し、遺言の見直しから公正証書での作り直しまで中立的にサポートします。