死後事務委任契約とは――亡くなった後の手続きを託す契約

死後事務委任契約(しごじむいにんけいやく)とは、自分が亡くなった後に発生するさまざまな事務手続きを、生前のうちに、信頼できる相手(親族・友人・司法書士や弁護士などの専門家・法人など)に依頼しておく契約です。依頼する人を「委任者」、引き受ける人を「受任者」と呼びます。

人が亡くなると、財産を誰が引き継ぐかという「相続」の問題とは別に、次のような、いわば「後始末」の手続きが数多く生じます。

ご家族が近くにいれば自然に担ってもらえるこれらの手続きも、おひとりさまや、頼れる身内が遠方・高齢・疎遠という場合には、「いったい誰がやってくれるのか」が切実な不安になります。死後事務委任契約は、こうした不安に、元気なうちに手を打っておくための備えです。

[「財産の行き先」ではなく「手続き」を託す契約]
死後事務委任契約は、財産を誰に渡すか(相続・遺贈)を決める契約ではありません。あくまで、亡くなった後に必要になる事務手続きを「代わりに行ってもらう」ための契約です。財産の行き先を指定したいなら遺言が必要で、両者は役割が違います(次章以降で整理します)。

なぜ有効なのか――委任は死亡で終了が原則(民法653条)だが

死後事務委任契約を理解するうえで、少しだけ法律のしくみに触れておきましょう。人に何かを頼む契約は、法律上「委任」(本人に代わって法律行為をしてもらう)「準委任」(事実行為をしてもらう)と呼ばれます(民法643条・656条)。

ここで問題になるのが、民法の次の条文です。

委任は、委任者の死亡によって終了する(民法653条1号)

民法653条は、委任契約は委任者(依頼した人)または受任者(引き受けた人)が亡くなると終了すると定めています。この原則を文字どおり当てはめると、「自分が亡くなった後のことを頼む」という死後事務委任契約は、頼んだ本人が亡くなった瞬間に契約が消えてしまい、成り立たないようにも読めてしまいます。

しかし、実際には死後事務委任契約は有効なものとして広く使われています。その根拠となっているのが、裁判所の考え方(判例)です。最高裁判所は、「自分の死後の事務処理を依頼する内容の委任契約は、委任者が亡くなっても当然には終了しない(そういう合意も含んだ契約と解される)」という趣旨の判断を示しています(最高裁 平成4年9月22日判決)。

つまり、民法653条1号は「委任は死亡で終了」と定めているものの、それは当事者が別の合意(=死んだ後もこの事務を続けてほしい)をすることを禁じるものではない、と理解されているわけです。だからこそ、「自分の死後にこれをしてほしい」と明確に取り決めた死後事務委任契約は、委任者が亡くなった後も効力を持つ、と考えられています。

[条文の解釈や射程には個別性があります]
死後事務委任契約が有効とされる範囲や、相続人との関係については、契約の内容や事情によって取り扱いが変わり得ます。条文の正確な文言や最新の解釈は、e-Gov法令検索などの一次情報や、司法書士・弁護士などの専門家にご確認ください。本記事は一般的な解説にとどまります。

遺言・任意後見との違い――役割の「時間帯」で使い分ける

終活で登場する「遺言」「任意後見」「死後事務委任契約」は、名前が似ていて混同されがちですが、働く「時間帯」と役割がそれぞれ違います。ざっくり言えば、任意後見は「生きている間(判断能力の低下後)」、遺言と死後事務委任契約は「亡くなった後」を守備範囲とし、さらに遺言は「財産の行き先」、死後事務委任は「事務手続き」を担当します。

制度いつ・何のために働くか
任意後見 生きている間のうち、判断能力が低下したあとの財産管理や契約を支える(本人の死亡で終了する)。元気なうちに自分で後見人を選んでおく契約。
遺言 亡くなった後財産の行き先(誰に何を相続・遺贈するか)などを定める。法律で書ける事項が決まっている。
死後事務委任契約 亡くなった後葬儀・納骨・各種手続き・解約など、財産の行き先以外の「事務」を託す。遺言では十分にカバーしにくい部分を補う。

この3つは、どれか一つを選ぶというより、目的に応じて組み合わせて使うのが基本です。「判断能力が低下した後の生活は任意後見で」「亡くなった後の財産は遺言で」「亡くなった後の手続きは死後事務委任契約で」と、いわばリレーのようにつないでおくことで、備えに切れ目がなくなります。

[葬儀の希望を遺言に書いても、それだけでは動かないことも]
「葬儀は家族葬で」「お墓はこうしてほしい」といった希望を遺言に書くこと自体はできますが、こうした事項は法律上の強制力があるとは限らず、実際に手続きを実行してくれる人がいなければ絵に描いた餅になりがちです。「実行してもらう」ことまで確実にしたいなら、死後事務委任契約で受任者を決めておくのが有効です。あわせて、希望を書き残すエンディングノートも役立ちます。

何を任せられるのか――死後事務の具体例

死後事務委任契約で託せる「事務」は幅広く、契約の内容として個別に定めます。代表的なものを挙げると、次のようなものがあります。

お見送り・供養に関すること

役所・公的機関の手続き

生活のあと片づけ・解約

[「死亡届」は誰でも出せるわけではない]
死亡の届出は、戸籍法で届け出ることができる人(親族・同居者など)や、届け出る義務のある人が定められています。受任者が親族でない場合、死亡届そのものを直接は出せないこともあるため、契約では「届出に必要な協力・手配を行う」といった形で、実務に合わせて内容を整理しておくことが大切です。具体的な取り扱いは市区町村や専門家に確認してください。
[「相続」そのものは死後事務委任では動かせない]
預貯金の名義変更や解約・不動産の相続登記・遺産分割といった「相続手続き」は、相続人が行うべきもので、死後事務委任契約だけで受任者が自由に進められるものではありません。財産の承継については、遺言や、相続人による手続きが必要です。デジタル資産の整理と相続の関係はおひとりさま・子のいない人の相続もあわせてご覧ください。

契約の結び方――公正証書・受任者・預託金

死後事務委任契約は、当事者が合意すれば口頭でも成立し得ますが、実務では後々のトラブルを防ぎ、確実に実行してもらうために、いくつかの工夫をして結ぶのが一般的です。

「公正証書」で作っておくのが安心

死後事務委任契約は、公証役場で公証人に作成してもらう「公正証書」で結んでおくのが望ましいとされています。公正証書にしておくと、契約内容が明確に残り、本人の意思にもとづくものであることが公的に確認されるため、亡くなった後に受任者が金融機関や役所・葬儀社などに対応する際、信頼を得やすくなります。任意後見契約が公正証書で結ばれることとあわせて、「任意後見+死後事務委任+遺言」をまとめて公正証書で整える方も多くいらっしゃいます。

誰に頼むか――受任者の選び方

受任者は、信頼できる親族・友人のほか、司法書士・弁護士などの専門家や、そうした専門家が関与する法人に依頼するケースが増えています。亡くなった後の事務は、本人がその場でチェックできないという性質上、「約束どおり、誠実に実行してくれるか」が何より重要です。専門家に依頼する場合は、費用や実施範囲、報告のしくみをよく確認しましょう。

費用の「原資」を確保しておく――預託金

死後事務には、葬儀費用や精算費用など、実際にお金を支払う場面が多くあります。ところが、亡くなった直後は、本人の預金口座が凍結され、すぐには引き出せないことが少なくありません。そこで、あらかじめ「預託金(よたくきん)」として一定額を受任者や管理者に預けておき、そこから死後事務の費用を支払ってもらう、という方法がよく用いられます。

[預託金は「管理と精算の透明性」が大切]
預託金を預ける場合は、金額・使いみち・精算方法・余った場合の返還先などを契約で明確にしておくことが重要です。大切なお金を託す以上、信頼できる相手を選び、通帳や記録で管理の透明性が保たれるしくみにしておきましょう。

費用の目安と、支払いの原資はどうするか

死後事務委任契約にかかる費用は、大きく分けて①契約を結ぶときの費用と、②実際に死後事務を行ってもらうときの費用(報酬+実費)があります。

契約時にかかるもの

死後事務を実行してもらうときにかかるもの

金額は、依頼する事務の範囲や、受任者が個人か専門家・法人かによって大きく変わります。ここで具体的な相場を断定することは控えますが、「契約時」と「実行時」で費用が発生する二段構えである点、そして実費の原資(預託金など)をどう確保するかをセットで考えておくことが大切です。正確な費用は、依頼先の専門家や公証役場でお見積もり・ご確認ください。

「葬儀費用は相続財産から」とはいかないことがある

亡くなった直後は口座が凍結され、相続財産からすぐに葬儀費用を出せないことがあります。また、葬儀費用を誰がどう負担するかは、相続人間で意見が分かれることもあります。だからこそ、死後事務委任契約では「支払いの原資(預託金など)」を先に決めておくことが、実行を確実にするうえで重要になります。葬儀費用と相続の関係は葬儀費用と債務控除もご参照ください。

知っておきたい注意点――相続人・遺言・限界

死後事務委任契約は便利な備えですが、万能ではありません。次のような点を理解したうえで、他の制度と組み合わせて使うことが大切です。

相続人がいる場合は、事前の理解が円滑さのカギ

死後事務委任契約があっても、相続人(家族)が全くいなくなるわけではありません。相続人がいる場合、受任者が進める死後事務と、相続人の意向とが食い違うと、トラブルの原因になり得ます。可能であれば、契約の存在や内容を、あらかじめ家族に伝えて理解を得ておくことが、後々の円滑さにつながります。

「財産の承継」は死後事務委任では決められない

くり返しになりますが、誰に財産を渡すかは死後事務委任契約では定められません。財産の行き先を決めたいなら、遺言が必要です。死後事務委任契約と遺言はセットで整えることで、はじめて「手続きも財産も」カバーできます。

受任者が先に動けない・動きすぎることのリスク

受任者が親族でない場合、役所や病院・金融機関などで「関係を証明できず対応してもらえない」という場面もあり得ます。逆に、権限の範囲があいまいだと、本来は相続人が決めるべきことにまで受任者が踏み込んでしまうおそれもあります。「何を・どこまで頼むか」を契約で具体的に定め、公正証書などで明確にしておくことが、こうしたリスクを減らします。

「元気なうち」でないと結べない

死後事務委任契約は、本人に契約を結ぶ判断能力があるうちでなければ結べません。判断能力が低下してからでは、この契約も、任意後見も、遺言も、新たに整えることが難しくなります。「まだ早い」と思っているうちが、実は一番備えやすいタイミングです。あわせて成年後見制度(判断能力低下後の備え)も理解しておくと、生前から死後まで切れ目のない準備ができます。

よくある相談事例
※以下の事例は実際のご相談をもとにした架空のケースです。実在の個人・団体とは関係ありません。

「おひとりさまで、亡くなった後のことが不安だったケース」

Tさん(70代・男性)は、配偶者に先立たれ、お子さまもなく、遠方に甥・姪がいるだけの「おひとりさま」でした。「自分が亡くなったら、葬儀やお墓、部屋の片づけ、いろいろな解約は、いったい誰がやってくれるのか」――そんな不安から、当センターにご相談にいらっしゃいました。「甥や姪に、全部を押しつけるのは申し訳ない」というお気持ちも強くお持ちでした。

当センターでは、提携する司法書士と連携し、Tさんに次の三本立てをご提案しました。①判断能力が低下したときに備える任意後見契約、②財産の行き先を定める遺言、③そして亡くなった後の葬儀・納骨・解約などを託す死後事務委任契約です。あわせて、費用の原資として預託金を用意し、これらをまとめて公正証書で整えました。

Tさんは「生きている間から、亡くなった後のことまで、切れ目なく決めておけて、肩の荷が下りました」とおっしゃいました。甥・姪の方にも契約の存在をお伝えし、理解を得ておいたことで、いざというときの負担と迷いを大きく減らすことができた事例です。

― 私たちから一言 ―

「死後事務委任は『残された人の負担』を、生前に軽くする備えです」

ご相談を受けていて強く感じるのは、「亡くなった後の手続き」への不安が、年々大きくなっているということです。おひとりさまや、ご家族が遠方・高齢という方が増え、「自分の後始末を誰に頼めばよいのか」という切実な声を、たくさんいただきます。死後事務委任契約は、その不安に元気なうちに答えを出しておくための、とても実務的な備えです。

大切なのは、死後事務委任契約だけで完結させようとしないことです。財産の行き先は遺言で、判断能力低下後の生活は任意後見で、というように、それぞれの制度を役割ごとに組み合わせることで、生前から死後まで切れ目のない安心が生まれます。費用の原資(預託金)や、家族への事前の説明まで含めて、全体を設計することが重要です。

当センターでは、提携する司法書士・弁護士などと連携し、死後事務委任契約・遺言・任意後見をトータルで整えるお手伝いを、中立的な立場で行っております。「おひとりさまで先々が不安」「家族に負担をかけたくない」という方は、どうぞお気軽にご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

死後事務委任契約でよくある7つの落とし穴

当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、死後事務委任契約をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。

  1. 遺言に「葬儀はこうして」と書けば実行されると思う 遺言に希望を書けても、実行してくれる人がいなければ動きません。実行まで確実にしたいなら死後事務委任契約で受任者を決めます。
  2. 死後事務委任で財産の行き先も決められると思う 財産を誰に渡すかは死後事務委任では定められません。財産の承継には遺言や相続人による手続きが必要です。
  3. 費用の「原資」を用意していない 亡くなった直後は口座が凍結され、すぐに費用を出せないことがあります。預託金など支払いの原資を先に決めておくことが大切です。
  4. 口約束だけで済ませてしまう 亡くなった後は本人が確認できません。トラブルを防ぎ確実に実行してもらうため、公正証書で明確にしておくのが安心です。
  5. 家族に何も伝えていない 相続人がいる場合、受任者の動きと家族の意向が食い違うとトラブルに。契約の存在を事前に伝え、理解を得ておくと円滑です。
  6. 受任者の権限の範囲があいまい 何を・どこまで頼むかが不明確だと、動けない、または相続人の領域に踏み込むリスクが生じます。範囲を具体的に定めましょう。
  7. 「判断能力が低下してから」考えればよいと先送りする 契約には判断能力が必要です。低下すると死後事務委任・任意後見・遺言のいずれも整えにくくなります。元気なうちが備えどきです。

この記事のまとめ

  • 死後事務委任契約は、亡くなった後の葬儀・納骨・行政手続き・解約などの「事務」を、生前に信頼できる人へ託す契約。
  • 委任は死亡で終了が原則(民法653条1号)だが、判例により死後の事務を目的とする委任は当然には終了しないとされる。
  • 遺言(財産の行き先)・任意後見(判断能力低下後の生活)と役割が異なり、組み合わせて使うのが基本。
  • 託せるのは葬儀・供養、役所・保険年金の手続き、公共料金やサブスクの解約、明け渡しなど。相続そのものは対象外。
  • 公正証書で明確にし、受任者を慎重に選び、費用の原資(預託金)を確保しておくと実行が確実になる。
  • 契約には判断能力が必要。おひとりさまや家族に負担をかけたくない方は、元気なうちに専門家・一次情報で確認を。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。死後事務委任契約の有効性の範囲、託せる事務の内容、相続人や遺言との関係、費用や預託金の取り扱いなどは、契約内容や個別の事情、法改正によって変わることがあります。また、法律は随時改正される場合があり、条文番号も改正で変わることがあります。本記事の内容は2026年7月時点の情報に基づいていますが、実際の契約・手続きにあたっては、必ず司法書士・弁護士などの専門家、および法務省e-Gov法令検索等の一次情報で最新の内容をご確認ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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