借主が亡くなっても賃貸借契約は終わらない――借家権は相続財産(民法896条)
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条)。建物を借りる権利である借家権(建物の賃借権)も、被相続人だけに属する一身専属の権利ではなく、相続財産に含まれます。
したがって、契約者である借主が亡くなっても、賃貸借契約は当然には終了しません。借主の地位は相続人に引き継がれ、同居していた配偶者やお子さんが相続人であれば、相続人として住み続けることができます。
貸主から「出ていってほしい」と言われたら
貸主の側から賃貸借を終わらせるには、借主が亡くなった場合でも、通常の賃貸借と同じルールに従う必要があります。借地借家法では、貸主からの更新拒絶や解約の申入れには正当の事由が必要とされ(同法28条)、貸主が解約の申入れをした場合、賃貸借は申入れの日から6か月を経過することによって終了します(同法27条1項)。「名義人が亡くなった」というだけで、相続人が直ちに退去しなければならないわけではありません。
相続人が複数いる場合、遺産分割が終わるまでの間、借家権は相続人全員が共同で持つ状態(準共有)になります。誰が借家権を引き継ぐのか、あるいは解約するのかは、相続人の間で話し合って決めることになります。
遺産分割までの家賃は誰が払うか――亡くなる前の滞納と、亡くなった後の家賃の違い
家賃については、亡くなる前に発生していたものと、亡くなった後に発生するもので、考え方が異なります。
| 区分 | 考え方 |
|---|---|
| 亡くなる前の滞納家賃 | 被相続人の金銭債務として、各相続人が法定相続分に応じて承継すると解されています(可分債務)。 |
| 亡くなった後の家賃 | 借家権を共同で相続した相続人が負う賃料債務は、不可分債務と解されています(大審院の判例)。貸主は、相続人の一人に対して全額を請求できることになります。 |
実際に住んでいない相続人でも、借家権を相続している間は、貸主から家賃の全額を請求される可能性があるということです。相続人の間で最終的に誰が負担するかは、遺産分割の話し合いの中で決めておくとよいでしょう。借金の相続全般については借金・保証債務の相続の記事をご覧ください。
口座の凍結で、家賃が「知らないうちに滞納」になることがある
家賃が被相続人名義の口座からの引落しになっている場合、金融機関が死亡を知って口座を凍結すると、引落しができなくなります。滞納が続くと、契約を解除されるおそれがあります。住み続ける場合も解約する場合も、早めに貸主・管理会社へ連絡し、当面の支払方法を相談しておきましょう。
住み続ける場合の手続き――借家権を承継する人を決めて、貸主に連絡する
同居していたご家族がそのまま住み続ける場合は、次のような流れで進めるのが一般的です。
- 貸主・管理会社への連絡借主が亡くなったこと、引き続き居住を希望することを伝えます。
- 借家権を引き継ぐ人を決める相続人が複数いる場合は、遺産分割協議で、借家権を承継する人を決めます。
- 契約名義の変更貸主との間で、借主の名義を変更する書面(承継の覚書など)を取り交わすのが一般的です。
- 家賃の支払方法・保険・保証の見直し引落し口座の変更、火災保険(借家人賠償責任保険など)の契約者変更、保証会社や連帯保証人についての確認を行います。
相続による承継に、貸主の承諾は必要か
借主が賃借権を第三者に譲り渡すときは、貸主の承諾が必要です(民法612条1項)。しかし、相続による承継は、この「譲渡」には当たらないと解されています。そのため、相続人が借家権を引き継ぐこと自体について、貸主の承諾を得たり、承諾料や名義書換料を支払ったりする法律上の義務は、通常ありません。
もっとも、実務上は、誰が新しい借主になるのかを貸主に明らかにし、書面を取り交わしておくことが、後々のトラブルを防ぐうえで大切です。貸主から新たな契約書の作成や費用の負担を求められた場合は、内容をよく確認し、疑問があれば専門家にご相談ください。
住まない場合の解約――相続人全員で行う(民法544条)、敷金・原状回復・残置物
一人暮らしだった親が亡くなった場合など、誰も住まないのであれば、賃貸借契約を解約して部屋を明け渡すことになります。解約するまでは家賃が発生し続けますので、方針は早めに決めたいところです。
解約は相続人全員で
民法544条1項は、当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみすることができると定めています。借家権を複数の相続人が共同で相続している場合、解約の手続きは相続人全員で行うのが原則と考えられます。相続人の一人が、ほかの相続人に知らせないまま解約や明渡しを進めると、後でトラブルになりかねません。
解約の予告期間は、賃貸借契約書の定めによります(1〜2か月前の予告とする契約が多く見られます)。期間の定めのない建物賃貸借では、借主からの解約申入れの日から3か月を経過することで終了します(民法617条1項2号)。
敷金は相続財産、原状回復は契約と民法のルールで
貸主は、賃貸借が終了して賃貸物の返還を受けたときに、敷金から未払いの家賃などを差し引いた残額を返還しなければなりません(民法622条の2第1項)。この敷金の返還を受ける権利も相続財産です。誰が受け取るかは遺産分割で決め、相続税の申告が必要な場合は財産に計上します。
原状回復については、借主は、借りた後に生じた損傷を元に戻す義務を負いますが、通常の使用によって生じた損耗や経年変化は除かれます(民法621条)。請求の内訳に疑問があるときは、契約書と照らして確認しましょう。
部屋に残された家財(残置物)
部屋に残された家財も相続財産で、所有権は相続人にあります。貸主が勝手に処分することは通常できず、相続人が片付けて明け渡すことになります(遺品整理の記事)。
身寄りの少ない方の場合、亡くなった後に解約や片付けをする人がおらず、貸主も借主の側も困ることがあります。この問題に備えて、国土交通省と法務省は2021年(令和3年)6月に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表しています。主に60歳以上の単身の高齢者が賃貸住宅に入居する場面を想定し、賃貸借契約の解除と残置物の処理を、あらかじめ受任者に委任しておく内容です。おひとりで賃貸住宅にお住まいの方は、生前の備えとして検討する価値があります(死後事務委任契約の記事)。
内縁の配偶者・事実上の養子が同居していたとき――借地借家法36条と判例による保護
婚姻届を出していない内縁の配偶者や、縁組届を出していない事実上の養子は、相続人ではありません。そのため、借主が亡くなったときに借家権を相続することはできません。ただし、住まいを失わないよう、次のような保護があります。
相続人がいない場合――借地借家法36条
借地借家法36条1項は、居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合において、その当時、婚姻又は縁組の届出をしていないが、賃借人と事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者があるときは、その同居者は、建物の賃借人の権利義務を承継すると定めています。
- 承継を望まない場合は、相続人なしに死亡したことを知った後1か月以内に、貸主に反対の意思を表示すれば、承継しません(同項ただし書)。
- 承継した場合、建物の賃貸借関係に基づいて生じた債権・債務も、承継した同居者に帰属します(同条2項)。敷金の返還を受ける権利だけでなく、滞納家賃などの債務も引き継ぐ点に注意が必要です。
相続人がいる場合――判例による保護
借主に相続人がいる場合は、借地借家法36条は適用されず、借家権は相続人が承継します。この場合について、最高裁は、内縁の妻は、相続人が承継した賃借権を援用して、貸主に対し居住する権利を主張できるとしています(最高裁昭和42年2月21日判決)。事実上の養子についても、同様の考え方を示した判決があります(最高裁昭和37年12月25日判決)。
もっとも、これは貸主に対して居住を主張できるというもので、同居者自身が借主になるわけではありません。相続人との関係は別の問題として残り、相続人が解約に動いた場合などには、紛争になるおそれがあります。相続人からの明渡請求が、事情によっては権利の濫用として認められない場合もありますが、個別の事情によります。
内縁の配偶者と賃貸住宅でお暮らしの場合は、生前のうちに、契約の名義や保証について貸主と相談しておく、遺言などで意思を残しておくといった備えが大切です。詳しくは内縁の配偶者・事実婚パートナーの相続の記事をご覧ください。
公営住宅・終身建物賃貸借・使用貸借――「当然には引き継がれない」3つの場面
ここまでの説明は、民間の一般的な賃貸住宅についてのものです。次の3つの場面では、借主が亡くなっても、相続人が当然に住み続けられるわけではありません。
| 場面 | 借主が亡くなったとき |
|---|---|
| 公営住宅 | 相続人は使用権を当然には承継しない(最高裁平成2年10月18日判決)。同居していた方は、事業主体の承認を受けて引き続き居住できる(公営住宅法27条6項)。 |
| 終身建物賃貸借 | 契約は借主の死亡時に終了する(高齢者の居住の安定確保に関する法律52条)。同居の配偶者などには継続居住の保護がある(同法62条・63条)。 |
| 使用貸借(無償で借りている場合) | 借主の死亡によって終了する(民法597条3項)。 |
公営住宅
県営住宅・市営住宅などの公営住宅は、住宅に困っている低額所得者に住宅を供給する制度で、入居者は法律や条例の定める資格にもとづいて決められます。最高裁は、公営住宅の入居者が死亡した場合、その相続人は、公営住宅を使用する権利を当然に承継するものではないとしています(最高裁平成2年10月18日判決)。
一方、公営住宅法27条6項は、入居者が死亡した場合、その死亡時に同居していた者は、事業主体の承認を受けて、引き続き居住することができると定めています。承認を受けられる方の範囲や手続きの期限は、国土交通省令や各自治体の条例・運用で定められています。同居のご家族がいる場合は、早めに住宅の管理窓口へ届け出て、承継の手続きを確認してください。
終身建物賃貸借
高齢者の居住の安定確保に関する法律にもとづき、都道府県知事の認可を受けた事業者は、60歳以上の方などを借主として、借主が死亡した時に終了する賃貸借(終身建物賃貸借)を結ぶことができます(同法52条)。この契約は借主の死亡時に終了し、借家権は相続されません。
ただし、同居していた方は、借主の死亡を知った日から1か月を経過する日までは引き続き居住でき(同法62条1項)、同居していた配偶者または60歳以上の親族が、その期間内に事業者へ引き続き居住する旨の申出をしたときは、事業者はその方と終身建物賃貸借の契約をしなければならないとされています(同法63条1項)。
使用貸借(無償で借りている場合)
親族や知人から無償で借りて住んでいた場合は、賃貸借ではなく使用貸借です。使用貸借は、借主の死亡によって終了します(民法597条3項)。家賃を払っていない住まいについては、借主が亡くなった後の居住について、貸主とあらためて話し合う必要があります。
相続放棄を考えているとき・連帯保証人がいるとき・相続税の扱い
相続放棄を考えているなら、解約・片付けの前に相談を
相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(民法921条1号)。被相続人に借金があって相続放棄を検討している場合、賃貸借契約の解約、家財の処分、敷金の受領などは、この「処分」に当たると判断されるおそれがあります。
貸主から「早く解約して部屋を片付けてほしい」と求められても、相続放棄を考えている間は、解約の書類への署名や家財の処分を急がず、まず専門家にご相談ください(法定単純承認の記事)。なお、相続放棄をした人が、放棄の時に相続財産を現に占有しているときは、相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、その財産を保存する義務を負います(民法940条1項)。
連帯保証人がいる場合
賃貸借契約の連帯保証は、将来発生する家賃などをまとめて保証する根保証に当たります。2020年4月1日以後に結ばれた個人の根保証契約については、極度額(上限額)を定めなければ効力を生じず(民法465条の2第2項)、主たる債務者(借主)又は保証人が死亡したときに、保証の対象となる元本が確定します(民法465条の4第1項3号)。
つまり、この新しいルールが適用される契約では、連帯保証人は、借主が亡くなった時点までに生じた債務について極度額の範囲で責任を負い、亡くなった後に発生する家賃などは保証の対象外になると考えられます。2020年3月31日以前に結ばれた保証契約については取扱いが異なることがありますので、契約書の日付と内容をご確認ください。
相続税――借家権は多くの場合評価しないが、敷金は財産
国税庁の財産評価基本通達94は、借家権の評価方法を定めたうえで、権利金等の名称をもって取引される慣行のない地域にあるものについては、評価しないとしています。一般的な居住用の賃貸住宅の借家権は、相続税の計算上、評価の対象にならないことが多いと考えられます。
一方、返還を受けられる敷金は相続財産に、亡くなった時点で未払いだった家賃は債務として、相続税の計算に関係します。具体的な取扱いは税理士にご確認ください。最新の情報は国税庁でご確認ください。
借主が亡くなった賃貸住宅でよくある7つの落とし穴
- 「名義人が亡くなったら出ていかなければならない」と思い込む 借家権は相続されます(民法896条)。貸主からの解約には正当の事由が必要です(借地借家法28条)。
- 口座の凍結に気づかず、家賃を滞納する 引落しが止まると滞納になります。早めに貸主・管理会社へ連絡して支払方法を変更します。
- 相続人の一人が、ほかの相続人に無断で解約する 解約は相続人全員で行うのが原則です(民法544条1項)。
- 相続放棄をするつもりなのに、解約や家財の処分をしてしまう 処分に当たると単純承認とみなされるおそれがあります(民法921条1号)。先に専門家へ相談します。
- 内縁の配偶者は当然に借家権を引き継げると思い込む 借地借家法36条による承継は相続人がいない場合の規定です。相続人がいる場合は、相続人との関係が残ります。
- 公営住宅で、承継の手続きをしないまま住み続ける 相続人が当然に承継するものではなく、同居者は事業主体の承認が必要です(公営住宅法27条6項)。
- 敷金と連帯保証人の確認を忘れる 敷金の返還を受ける権利は相続財産です。連帯保証については、契約の時期によって取扱いが異なります。
「大家さんに急かされて、解約の書類に署名するところだった」――Sさまのご相談
Sさま(50代)は、アパートで一人暮らしをしていたお父さまを亡くされました。相続人はSさまとお兄さまの二人です。管理会社から「来月分の家賃がかかる前に、解約の書類に署名して部屋を空けてください」と言われ、Sさまは急いで家財を処分しようとしていました。ただ、お父さまには消費者金融からの郵便物が届いており、「借金があるかもしれないので、相続放棄も考えています」とのことでした。
私からは、「相続放棄を考えている間は、解約の書類への署名や家財の処分は待ってください。『処分』とみなされると、相続放棄ができなくなるおそれがあります。まずは借金の有無を調べ、管理会社には『相続放棄を検討中』と伝えましょう。相続する場合は、解約はお兄さまと二人で行い、敷金の精算も確認します」とお伝えしました。
Sさまは専門家に依頼して信用情報を調べ、借入れは少額で、預貯金のほうが多いことが分かりました。お兄さまと話し合って相続することを決め、二人の連名で解約し、家財を整理して明け渡し、敷金の精算を受けました。Sさまは「急かされるままに動いていたら、取り返しがつかなくなるところでした」とおっしゃっていました。
賃貸の住まいは「急がされやすい」。まず方針を決めてから
賃貸住宅は、持ち家と違って毎月の家賃がかかり続けるため、ご遺族は「早く片付けなければ」と焦りがちです。けれども、住み続けるのか、解約するのか、相続放棄をするのかによって、してよいこと・してはいけないことが変わります。
とくに、相続放棄を考えている場合と、内縁の配偶者や公営住宅など、当然には引き継げない事情がある場合は、最初の動き方がとても大切です。貸主や管理会社へは早めに連絡しつつ、書類への署名や家財の処分は、方針を決めてからにしましょう。
私たちは、ご事情を伺いながら論点を整理し、必要に応じて弁護士・司法書士・税理士などの専門家におつなぎしております。どうぞお気軽にご相談ください。
この記事のまとめ
- 借主が亡くなっても賃貸借契約は当然には終了せず、借家権は相続人に承継されます(民法896条)。貸主からの解約には正当の事由が必要です(借地借家法28条)。
- 亡くなった後の家賃は不可分債務と解され、貸主は相続人の一人に全額を請求できます。口座凍結による滞納に注意します。
- 住み続ける場合は、借家権を承継する人を決めて貸主に連絡します。解約する場合は相続人全員で行い(民法544条1項)、敷金は相続財産として精算します。
- 相続人がいない場合、同居の内縁の配偶者などは借地借家法36条により借主の権利義務を承継できます。相続人がいる場合は、判例により相続人の賃借権を援用できます。
- 公営住宅は当然には承継されず(最高裁平成2年10月18日判決)、終身建物賃貸借・使用貸借は借主の死亡で終了します。
- 相続放棄を考えているときは、解約・家財の処分の前に専門家へ相談します。最新の情報は法務省・国土交通省・国税庁や、お住まいの自治体でご確認ください。
参考文献(一次情報)
- e-Gov法令検索 民法(第465条の2・第465条の4・第544条・第597条・第612条・第617条・第621条・第622条の2・第896条・第921条・第940条・第1028条) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- e-Gov法令検索 借地借家法(第26条〜第30条・第36条) https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
- e-Gov法令検索 公営住宅法(第27条) https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC1000000193
- e-Gov法令検索 高齢者の居住の安定確保に関する法律(第52条・第62条・第63条) https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC0000000026
- 国土交通省 残置物の処理等に関するモデル契約条項 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000101.html
- 国税庁 財産評価基本通達 第3章 家屋及び家屋の上に存する権利(94 借家権の評価) https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_new/03/01.htm
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