なぜ口座は凍結される?遺産分割前は原則引き出せない

ご家族が亡くなると、金融機関はその方の口座を凍結(取引を止めること)します。凍結されると、預金の引き出しはもちろん、公共料金の引き落としや振り込みもできなくなります。

なぜ金融機関は口座を凍結するのか

亡くなった方の預貯金は、相続人全員の共有財産になります。もし凍結せずに一部の相続人が勝手に引き出してしまうと、後で「使い込みだ」といったトラブルの原因になりかねません。金融機関は、こうしたトラブルから相続人全員を守るため、また二重払いなどのリスクを避けるために、口座を凍結するのです。

[凍結は「死亡届」で自動的にされるわけではない]
口座の凍結は、役所に死亡届を出したことで自動的に行われるわけではありません。金融機関が、遺族からの連絡や新聞のお悔やみ欄などで名義人の死亡を知ったときに行われます。凍結の一般的な流れや解除方法は亡くなった人の預貯金の相続手続き、口座凍結の解除・必要書類・払戻し制度を完全ガイドもあわせてご覧ください。

遺産分割が終わるまでは原則引き出せない

かつては、預貯金は法定相続分に応じて当然に分割されると考えられていた時期もありましたが、2016年(平成28年)の最高裁判決で、預貯金も遺産分割の対象になると判断が変わりました。これにより、遺産分割が終わるまでは、原則として相続人が単独で預貯金を引き出せなくなりました。しかし、それでは葬儀費用や当面の生活費、被相続人が残した借金の返済などに困る人が出てしまいます。この不都合を解消するために設けられたのが、次章で解説する「払戻し制度」です。

遺産分割前の預貯金の払戻し制度とは(民法909条の2)

「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」とは、遺産分割が終わる前でも、各相続人が単独で、一定額までの預貯金を金融機関から引き出せる制度です。2018年(平成30年)の相続法改正で新設され、2019年(令和元年)7月1日から施行されました。根拠となるのは民法909条の2です。

家庭裁判所の判断を経ずに
相続人が単独で預貯金を引き出せる
葬儀費用・当面の生活費・債務の支払いなどに使えます(使途は原則問われません)。

制度のポイント

[「相続放棄を考えている」なら引き出しは慎重に]
この制度で引き出したお金を、私的に費消(使ってしまう)すると、「相続財産を処分した」とみなされ、相続放棄ができなくなるおそれがあります。借金が多く相続放棄を検討している場合は、安易に引き出さず、まず専門家にご相談ください。相続放棄の注意点は相続放棄の手続きと3か月の熟慮期間、知らないと損をする落とし穴をご覧ください。

引き出せる金額の計算式――「預金×1/3×法定相続分」と150万円の上限

払戻し制度で引き出せる金額は、次の計算式で決まります。

相続開始時の預金額 × 1/3 × その相続人の法定相続分
※ 上記で計算した額、かつ「同一の金融機関ごとに150万円」が上限です。

ここに注意――2つの制限がかかる

引き出せる額には、次の2つの制限が同時にかかり、少ないほうが実際に引き出せる額になります。

  1. 計算式による制限 「相続開始時の預金額 × 3分の1 × その相続人の法定相続分」で計算した額まで。口座(明細)ごとに計算します。
  2. 金融機関ごとの上限(150万円) 同じ金融機関からは、合計で150万円までしか引き出せません。同じ銀行に複数の口座があっても、合算して150万円が上限です。
[「金融機関ごと」なので複数行なら合計は増える]
150万円の上限は「同一の金融機関ごと」です。つまり、A銀行とB銀行の両方に預金があれば、それぞれで最大150万円ずつ(合計300万円)引き出せる可能性があります。ただし、各行での引き出し額は、それぞれ計算式による制限も受けます。
[上限額は法務省令で定められている]
「150万円」という上限は、民法909条の2を受けて法務省令で定められた金額です。将来的に改正される可能性もゼロではありませんので、実際に手続きをする際は、金融機関の窓口や法務省の最新情報でご確認ください。

具体例で計算してみる

実際に数字をあてはめて計算してみましょう。ここでは、亡くなった父の相続人が「母(配偶者)と子2人」の合計3人であるケースを考えます。この場合の法定相続分は、母が2分の1、子がそれぞれ4分の1です。

例1:A銀行の預金が600万円のとき(子が引き出す場合)

子(法定相続分4分の1)がA銀行から引き出せる額を計算します。

600万円 × 1/3 × 1/4 = 50万円
計算式の額50万円 < 上限150万円 → 引き出せるのは 50万円

この場合、計算式で求めた50万円が150万円の上限より少ないので、子が単独で引き出せるのは50万円となります。

例2:A銀行の預金が3000万円のとき(母が引き出す場合)

母(法定相続分2分の1)がA銀行から引き出せる額を計算します。

3000万円 × 1/3 × 1/2 = 500万円 → 上限150万円
計算式の額500万円 > 上限150万円 → 引き出せるのは 150万円

この場合、計算式では500万円になりますが、金融機関ごとの上限150万円が優先されるため、母が単独で引き出せるのは150万円となります。

ケース 計算式の額 実際に引き出せる額
例1(預金600万円・子1/4) 50万円 50万円(計算式の額が上限内)
例2(預金3000万円・母1/2) 500万円 150万円(上限が優先)
[「相続開始時の残高」で計算する]
計算のもとになる預金額は、引き出す時点の残高ではなく、相続開始時(亡くなった日)の残高です。定期預金の場合は満期前でも払戻しの対象になり得ますが、取り扱いは金融機関によって異なることがあります。詳しくは各金融機関にご確認ください。

払戻しに必要な書類と手続きの流れ

払戻し制度は、金融機関の窓口で手続きします。必要書類は金融機関によって多少異なりますが、一般的には次のようなものが求められます。

一般的に必要な書類

[「法定相続情報一覧図」があると手続きがスムーズ]
戸籍一式の代わりに、法務局が発行する「法定相続情報一覧図の写し」を使えると、複数の金融機関での手続きがぐっと楽になります。作り方は戸籍の収集と法定相続情報一覧図の作り方、相続手続きを楽にする方法を完全ガイドをご覧ください。
STEP 1 金融機関に連絡・書類を確認
STEP 2 戸籍・印鑑証明書を準備
STEP 3 窓口で払戻しを請求
[必ず領収書・記録を残しておく]
引き出したお金を葬儀費用などに使った場合は、領収書や支払いの記録を必ず保管しておきましょう。後の遺産分割協議で「何にいくら使ったのか」を説明する必要が出てくることがあります。使途をめぐる争いを防ぐためにも、記録は丁寧に残してください。

もう一つの方法――家庭裁判所の保全処分による払戻し

民法909条の2の払戻し制度は、上限が150万円と決まっています。「葬儀費用や当面の資金として、それ以上のまとまったお金が必要」という場合には、家庭裁判所の手続き(保全処分)による払戻しというもう一つの方法があります(家事事件手続法200条3項)。

2つの方法の違い

項目 払戻し制度(民法909条の2) 家庭裁判所の保全処分
手続き先 金融機関の窓口 家庭裁判所
上限 計算式の額・金融機関ごと150万円 法律上の一律の上限はない
要件 比較的ゆるやか(単独で可) 遺産分割の調停・審判が前提。必要性の疎明が必要
手間・時間 少ない(窓口で完結) 多い(裁判所の判断が必要)

家庭裁判所の保全処分は、上限がない代わりに、遺産分割の調停や審判が家庭裁判所に申し立てられていることが前提で、資金の必要性を裁判所に説明(疎明)しなければならないなど、手続きのハードルは高くなります。まずは手軽な払戻し制度(150万円まで)を利用し、それでも足りない場合に家庭裁判所の保全処分を検討する、という順序が一般的です。遺産分割で争いがある場合の流れは遺産分割でもめたら、調停・審判の進め方と「2023年・10年ルール」の注意点をご覧ください。

払い戻したお金の注意点――「取得したもの」とみなされる

払戻し制度は便利ですが、引き出したお金の扱いには注意が必要です。

引き出した額は、遺産分割で「先に取得した」扱いになる

この制度で払い戻したお金は、その相続人が遺産の一部分割によって取得したものとみなされます(民法909条の2後段)。つまり、後日の遺産分割の際に、引き出した分は「すでにその人が受け取った遺産」として精算されます。たとえば法定相続分どおりに分ける場合、引き出した150万円は、最終的に自分がもらえる取り分から差し引かれることになります。「タダで先取りできる」わけではなく、あくまで前渡し(先取り)である点を理解しておきましょう。

使いすぎ・独り占めはトラブルのもと

払戻しは相続人が単独でできるため、他の相続人に知らせずに引き出すこともできてしまいます。しかし、使途が不明確だったり、私的に使い込んだりすると、後の遺産分割で「使い込みではないか」と疑われ、家族間の深刻な対立につながります。引き出す際は、できるだけ他の相続人に一言伝え、使途の記録を残すことが、円満な相続への近道です。

[葬儀費用は債務控除の対象にもなる]
払い戻したお金を葬儀費用にあてた場合、その葬儀費用は相続税の計算上「債務控除」の対象になることがあります。控除の対象になるもの・ならないものは葬儀費用は相続財産から引ける?債務控除の対象になるもの・ならないものを完全ガイドをご覧ください。
よくある相談事例
※以下の事例は実際のご相談をもとにした架空のケースです。実在の個人・団体とは関係ありません。

「父の口座が凍結され、葬儀費用の支払いに困ったケース」

Tさん(40代・男性)は、父を突然亡くし、葬儀の手配に追われる中で、父の口座が凍結されて葬儀費用(約120万円)の支払いに使えないことに気づき、ご相談にいらっしゃいました。相続人は母と、Tさんを含む子2人の合計3人。遺産分割の話し合いはこれからで、「まとまったお金が動かせず、立て替えるにも負担が大きい」というお悩みでした。

当センターで整理したところ、父のA銀行の預金残高(相続開始時)は900万円。Tさん(法定相続分4分の1)が払戻し制度で引き出せる額は「900万円 × 1/3 × 1/4 = 75万円」で、上限150万円の範囲内のため75万円まで単独で引き出せるとご説明しました。さらに、父はB銀行にも預金があったため、そちらからも計算式の範囲で引き出せることをお伝えし、葬儀費用をまかなえる見通しを立てました。

Tさんは、必要書類(父の出生から死亡までの戸籍、相続人全員の戸籍、印鑑証明書)を整えて金融機関の窓口で手続きし、無事に葬儀費用を支払うことができました。あわせて、引き出した分は後の遺産分割で自分の取り分から精算されること、使途の領収書を必ず残すことをアドバイスしました。「凍結された口座からもお金を引き出せる制度があると知って、本当に助かりました」とのお言葉をいただきました。払戻し制度は、相続直後の資金繰りを支える心強い味方です

― 私たちから一言 ―

「口座凍結でお金に困ったら、まず『払戻し制度』を思い出してください」

ご家族を亡くされた直後は、悲しみのなかで葬儀の手配や各種の支払いに追われる、とても大変な時期です。そこに追い打ちをかけるのが「口座の凍結」です。「葬儀費用が払えない」「当面の生活費が引き出せない」というご相談は、相続の現場で本当に多く、切実です。

そんなときに知っておいていただきたいのが、この遺産分割前の預貯金の払戻し制度です。2019年7月から始まったこの制度のおかげで、遺産分割がまとまる前でも、家庭裁判所の手続きなしに、相続人が単独で当面のお金を引き出せるようになりました。「相続人全員の同意がないと1円も動かせない」という以前の不便さは、大きく改善されています。金融機関ごとに150万円という上限はありますが、複数の金融機関に預金があれば、それぞれで引き出せる可能性もあります。

ただし、注意点もあります。引き出したお金は「遺産の前渡し」として、後の遺産分割で自分の取り分から精算されること、使い込みと疑われないよう使途の記録を残すこと、そして相続放棄を検討している場合は安易に引き出すと放棄できなくなるおそれがあること。これらを知らずに使ってしまい、後でトラブルになるケースも見受けられます。当センターでは、提携する司法書士・税理士などと連携し、口座凍結の解除から払戻し制度の活用、遺産分割まで、相続手続き全体を丁寧にサポートいたします。「口座が凍結されて困っている」という段階で、どうぞお気軽にご相談ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

預貯金の払戻し制度でよくある7つの落とし穴

当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、遺産分割前の預貯金の払戻し制度をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。

  1. 「凍結されたら遺産分割まで一切引き出せない」と思い込む 払戻し制度を使えば、遺産分割前でも単独で一定額を引き出せます。まずこの制度を思い出しましょう。
  2. 上限150万円を「一人あたりの総額」と誤解する 150万円は「同一の金融機関ごと」の上限です。複数行に預金があれば、それぞれで引き出せる可能性があります。
  3. 計算式を忘れて「150万円は必ずもらえる」と思う 引き出せるのは計算式の額と150万円の少ないほう。預金が少なければ150万円に満たないこともあります。
  4. 引き出したお金を「タダの先取り」と勘違いする 引き出した額は遺産の前渡しで、後の遺産分割で自分の取り分から精算されます。もらい得ではありません。
  5. 相続放棄を考えているのに引き出してしまう 引き出したお金を私的に使うと、相続財産の処分とみなされ相続放棄ができなくなるおそれがあります。
  6. 使途の記録を残さずトラブルになる 領収書や支払いの記録がないと、後で「使い込み」を疑われます。記録は必ず残しましょう。
  7. 150万円で足りないときの選択肢を知らない まとまった資金が必要なら、家庭裁判所の保全処分による払戻し(上限なし)という方法も検討できます。

この記事のまとめ

  • 亡くなった方の口座は凍結され、原則として遺産分割が終わるまで相続人でも自由に引き出せない。
  • 2019年7月施行の払戻し制度(民法909条の2)で、家庭裁判所を経ず、相続人が単独で一定額を引き出せる。
  • 引き出せる額は「相続開始時の預金額 × 1/3 × その相続人の法定相続分」。かつ金融機関ごとに150万円が上限。
  • 150万円の上限は「金融機関ごと」。複数行に預金があれば、それぞれで引き出せる可能性がある。
  • 引き出した額は遺産の前渡し扱いで、後の遺産分割で自分の取り分から精算される。使途の記録は必ず残す。
  • 150万円で足りない場合は、家庭裁判所の保全処分による払戻し(上限なし・要件は厳しめ)も検討できる。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。払戻し制度で引き出せる金額の計算、上限額(150万円)、必要書類、家庭裁判所の保全処分の要件などは、法改正や金融機関ごとの取り扱いによって変わることがあります。また、法律・税制は随時改正される場合があります。本記事の内容は2026年7月時点の情報に基づいていますが、具体的な金額・手続き・必要書類については、必ず弁護士・司法書士などの専門家、各金融機関、および民法(e-Gov法令検索)・法務省・裁判所等の一次情報をご確認ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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