「相続させる」と「遺贈する」――たった数文字で扱いが変わる
遺言で財産を渡す方法には、大きく分けて2つの書き方があります。ひとつは「甲不動産を長男に相続させる」という書き方、もうひとつは「甲不動産を長男に遺贈する」という書き方です。日常の感覚では同じように見えますが、法律上は別の制度として扱われます。
そして相続人(子や配偶者など)に財産を渡す場合、実務では「相続させる」という書き方のほうが有利になることが多いのです。なぜなら、登録免許税が安く済んだり、農地法の許可や賃貸人の承諾が不要になったりと、手続き面での負担が軽くなるからです。遺贈と死因贈与の違いとあわせて理解すると、遺言の書き方の意味が立体的に見えてきます。
「相続させる」が使えるのは、相手が相続人のとき
大前提として、「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)は、財産を受け取る人が相続人である場合の書き方です。相続人ではない人(たとえば内縁の配偶者、お世話になった知人、法人など)に財産を渡したいときは、「相続させる」ことはできず、「遺贈する」と書くことになります。まず「相手が相続人かどうか」で、使える言葉が変わる――ここが出発点です。
特定財産承継遺言とは何か――民法1014条2項の定義
「甲不動産を長男に相続させる」のように、遺産に属する特定の財産を、共同相続人の一人または数人に承継させる遺言のことを、2018年(平成30年)改正相続法では「特定財産承継遺言」と呼びます。
=特定の財産を、特定の相続人に承継させる遺言
民法1014条2項は、この「遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言」を、正式に「特定財産承継遺言」と定義しています。長らく実務や判例で「相続させる旨の遺言」と呼ばれてきたものに、法律上の名前が与えられた形です。この規定は、相続法改正の一環として2019年(令和元年)7月1日に施行されました。
法的性質は「遺産分割方法の指定」――最高裁平成3年4月19日
では、「相続させる」旨の遺言は、法的にはどう位置づけられるのでしょうか。この点について、リーディングケースとなったのが最高裁平成3年4月19日判決です。
「遺産分割方法の指定」であって、遺贈ではない
最高裁は、「相続させる」旨の遺言について、特段の事情がない限り、遺贈ではなく「遺産分割方法の指定」と解すべきだと判断しました。そして、この指定があると、被相続人が亡くなった時に、遺産分割の手続きを経ることなく、直ちにその財産がその相続人に承継されるという効果が認められています。
なぜ「遺贈ではない」ことが重要なのか
「遺贈」と整理されるか、「遺産分割方法の指定(相続による承継)」と整理されるかは、単なる呼び方の違いではありません。登記手続き、税金、農地や賃借権の扱いといった実務のあらゆる場面で、扱いが分かれてくるのです。次章以降で、その具体的な違いを見ていきます。遺言そのものの基本については公正証書遺言と自筆証書遺言の違いもあわせてご覧ください。
遺贈との違い①登録免許税――1000分の4か、1000分の20か
まず、多くの方の負担に直結するのが登録免許税です。不動産の名義を変える(所有権移転登記をする)ときにかかる税金で、「相続」か「遺贈」か、そして相手が相続人かどうかで税率が変わります。
| ケース | 登記原因 | 登録免許税率 |
|---|---|---|
| 「相続させる」旨の遺言で相続人が取得 | 相続 | 不動産価額の1000分の4 |
| 相続人への遺贈 | 遺贈 | 不動産価額の1000分の4 |
| 相続人以外への遺贈 | 遺贈 | 不動産価額の1000分の20 |
ポイントは、相続人が取得する場合は、原因が「相続」でも「遺贈」でも1000分の4で済む一方、相続人以外への遺贈は1000分の20と、税率に5倍の開きがあるという点です。つまり「相続させる」旨の遺言で相続人が取得すれば、登録免許税は最も軽い水準になります。
遺贈との違い②農地・賃借権――許可や承諾が要るかどうか
登録免許税に加えて、農地の承継と賃借権(借地権・借家権)の承継でも、「相続させる」と「遺贈する」で扱いが分かれます。
農地――「相続」なら農地法の許可は不要
農地を渡す場合、通常の売買や贈与では、農地法にもとづく農業委員会などの許可が必要です。しかし、「相続させる」旨の遺言による承継は「相続」にあたるため、この農地法の許可は不要とされています(届出は必要になる場合があります)。一方で、相続人以外の第三者への農地の特定遺贈には、原則として農地法の許可が必要と解されています。農地の相続手続きの全体像は農地・山林の相続で詳しく解説しています。
賃借権――「相続」なら賃貸人の承諾は不要
アパートを借りている、あるいは土地を借りて家を建てているといった賃借権も、財産として承継の対象になります。賃借権を他人に譲るには、通常は賃貸人(大家・地主)の承諾が必要です(民法612条)。しかし、相続による承継は「譲渡」ではないと考えられているため、「相続させる」旨の遺言で相続人が承継する場合、賃貸人の承諾は不要とされるのが原則です。これに対し、相続人以外への特定遺贈で賃借権を渡す場合は、一般に賃貸人の承諾が必要と解されています。
相続人に渡すなら「相続させる」が実務では扱いやすい
ここまで見てきたように、相手が相続人であれば、「相続させる」旨の遺言のほうが、登録免許税・農地の許可・賃貸人の承諾のいずれの面でも手続きが軽くなるのが一般的です。だからこそ、実務では相続人に特定の財産を渡すときは「相続させる」と書くのが定石とされています。ただし、あくまで相手が相続人であることが前提である点は、繰り返し確認しておく必要があります。
法定相続分を超える部分は登記が必要――民法899条の2という落とし穴
ここが、本記事でぜひ知っておいていただきたい最大の注意点です。かつては、「相続させる」旨の遺言があれば、登記をしていなくても、その権利を誰に対しても主張できると考えられていました。しかし、2019年(令和元年)7月1日に施行された民法899条の2により、この扱いが大きく変わりました。
登記などの対抗要件を備えないと第三者に対抗できない
民法899条の2は、相続による権利の承継は、法定相続分を超える部分については、登記・登録などの対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないと定めています。これは、「相続させる」旨の遺言で法定相続分を超える不動産を取得したケースにも当てはまります。
具体的にどんな危険があるのか
たとえば、父が「甲不動産(自宅)を長男にすべて相続させる」という遺言を残したとします。ところが、長男が登記をしないまま放置している間に、ほかの相続人(次男)の債権者が、次男の法定相続分について差押えの登記をしてしまう――こうした場合、長男は「法定相続分を超える部分」については、登記がないと次男の債権者に対抗できないおそれがあるのです。せっかく遺言で全部もらえるはずが、対応が遅れたために一部を失いかねません。
遺言があっても「早めの登記」が身を守る
この改正の教訓はシンプルです。「相続させる」旨の遺言で不動産を取得したら、できるだけ早く相続登記(名義変更)を済ませること。遺言があるから安心と放置していると、思わぬ第三者に権利を奪われる危険があります。なお、2024年4月からは相続登記の申請が義務化されており、この点からも早めの登記が欠かせません。
遺言執行者の役割――民法1014条2項と手続きの実際
「法定相続分を超える部分は登記が必要」といっても、相続人が高齢だったり、複数いて足並みがそろわなかったりすると、登記の手続きが進まないこともあります。そこで頼りになるのが遺言執行者です。
先ほど特定財産承継遺言を定義する条文としてご紹介した民法1014条2項は、あわせて、特定財産承継遺言があるとき、遺言執行者は、その相続人が対抗要件を備えるために必要な行為(登記など)をすることができると定めています(2019年施行の改正で新設されました)。つまり、遺言執行者が単独で、財産を取得する相続人のために相続登記を進められるようになったのです。
「相続させる」旨の遺言は、相続人に財産を渡すうえで非常に使い勝手のよい制度です。しかし、①相手が相続人であること、②法定相続分を超える部分は早めに登記すること、③遺言執行者を決めておくこと――この3点を押さえてこそ、その利点を安全に活かせます。
「『自宅は長女に相続させる』という遺言があったのに、登記を後回しにしていたケース」
Sさん(50代・女性)は、お父さまから「自宅は長女であるSさんに相続させる」という公正証書遺言を残してもらっていました。ところが、「遺言があるのだから急ぐ必要はない」と考え、相続登記を1年以上そのままにしていました。その間に、疎遠だった弟の事業が行き詰まり、弟の債権者が、弟の法定相続分にあたる自宅の持分を差し押さえようとしていることがわかり、あわてて当センターにご相談にいらっしゃいました。
当センターでは、提携する司法書士・弁護士と連携し、まず民法899条の2により、法定相続分を超える部分は登記を備えないと第三者に対抗できないことをご説明しました。幸い、差押えの登記が入る前に、遺言と遺言執行者の権限(民法1014条2項)を使ってSさん名義への相続登記を急ぎ完了させることができ、事なきを得ました。
Sさんは「遺言さえあれば絶対に安心だと思い込んでいました。登記を先延ばしにする怖さを、身をもって知りました」とおっしゃっていました。「相続させる」旨の遺言でも、登記を急ぐことが身を守ることがよく分かる事例です。
「『相続させる』の一言に、これだけの意味が詰まっています」
遺言の文言についてご相談を受けるとき、私たちがいつもお伝えするのは、「相続させる」と「遺贈する」は、似ているようで法律上はまったく別の制度ですということです。相手が相続人であれば、「相続させる」と書くことで、登録免許税は軽くなり、農地の許可や賃貸人の承諾も不要になります。何気ない数文字の違いが、残されたご家族の手間と負担を大きく左右するのです。
一方で、2019年施行の民法899条の2は、「相続させる」旨の遺言に安心しきってはいけないことを教えています。法定相続分を超える部分は、登記をしなければ第三者に対抗できません。遺言があるからと登記を後回しにしていると、ほかの相続人の債権者などに、先に権利を押さえられてしまう危険があるのです。遺言と登記は、セットで初めて力を発揮すると考えてください。
だからこそ、遺言を作るときは①相手が相続人かどうかで言葉を選ぶ、②遺言執行者を決めておく、③相続が起きたら早めに登記するという3点が大切になります。当センターでは、提携する弁護士・司法書士・税理士と連携し、遺言の文言づくりから、相続開始後の登記・執行まで、中立的にお手伝いしております。「この書き方で大丈夫だろうか」という段階で、どうぞお気軽にご相談ください。
特定財産承継遺言でよくある7つの落とし穴
当センターへのご相談や情報収集の中で見えてきた、「相続させる」旨の遺言をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。
- 相続人以外の人に「相続させる」と書いてしまう 「相続させる」が使えるのは相手が相続人のときです。内縁の配偶者や知人・法人に渡すなら「遺贈する」と書きます。
- 「相続させる」と「遺贈する」を同じだと思っている 法的性質が異なり、登録免許税・農地の許可・賃貸人の承諾など、実務の扱いが分かれます。
- 遺言があるからと、相続登記を後回しにする 法定相続分を超える部分は、登記を備えないと第三者に対抗できません(民法899条の2)。早めの登記が身を守ります。
- 登録免許税の違いを知らずに書き方を決める 相続人が取得すれば1000分の4、相続人以外への遺贈は1000分の20。書き方で負担が変わります。
- 農地を相続人以外に遺贈しようとして、許可でつまずく 相続人以外への農地の特定遺贈には、原則として農地法の許可が必要です。相続人への「相続させる」なら許可は不要です。
- 遺言執行者を決めていない 遺言執行者がいれば、対抗要件を備える行為(登記など)を単独で進められます(民法1014条2項)。指定しておくと安心です。
- 税率や手続きを「昔の知識」で判断してしまう 税率や制度は改正され得ます。実行前に法務局・司法書士・国税庁などの一次情報で最新の内容を確認しましょう。
この記事のまとめ
- 「甲不動産を長男に相続させる」のように特定の財産を特定の相続人に承継させる遺言を「特定財産承継遺言」という(民法1014条2項、2019年7月1日施行)。
- 「相続させる」旨の遺言の法的性質は、遺贈ではなく「遺産分割方法の指定」(最高裁平成3年4月19日判決)。被相続人の死亡時に直ちに承継される。
- 登録免許税は、相続人が取得すれば1000分の4、相続人以外への遺贈は1000分の20。
- 農地は、相続人への「相続させる」なら農地法の許可不要。賃借権も、相続人が承継するなら賃貸人の承諾不要。
- 最大の注意点は民法899条の2。法定相続分を超える部分は、登記などの対抗要件を備えないと第三者に対抗できない(2019年7月1日施行)。
- 遺言執行者は、特定財産承継遺言について対抗要件を備える行為(登記など)を単独でできる(民法1014条2項)。遺言で指定しておくと手続きが円滑。
- 相手が相続人か、法定相続分を超えるなら早めに登記、遺言執行者を決める――この3点で利点を安全に活かせる。
参考文献(一次情報)
- e-Gov法令検索「民法」(第899条の2・第1014条・第612条) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務省「相続に関するルールが大きく変わります(相続法の改正)」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html
- 裁判所「裁判例検索」(最高裁平成3年4月19日判決) https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1
- 国税庁 タックスアンサー No.7191「登録免許税の税額表」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7191.htm
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