「銀行の遺言信託って、何をしてくれるのですか」――名前が招く三つの誤解

まず、実際にご相談の場で伺う「思い込み」から整理させてください。この商品ほど、名前と中身のずれによって誤解されているものはないというのが、私たちの実感です。

信託銀行の「遺言信託」
財産を預ける契約ではありません
= 遺言書の作成のご相談・保管・遺言執行のサービス
法律上の位置づけは、兼営法1条1項4号「財産に関する遺言の執行」を中核とする併営業務です

誤解その一 「財産を預けて、運用してもらえる」

いちばん多い誤解です。遺言信託を申し込んでも、ご自身の財産の名義が銀行に移ることはありません。預金も不動産も株式も、生前はこれまでどおりご本人のものであり、ご自身で自由に使い、売り、贈ることができます。銀行がお預かりするのは、財産ではなく「遺言書」という一通の書面です。

誤解その二 「銀行が遺言書を書いてくれる」

遺言は、遺言者ご本人の意思表示ですので、銀行が代わりに作ることはできません。実務では公正証書遺言の方式で作成されるのが一般的で、証書そのものを作成するのは公証人です(民法969条)。銀行が担うのは、財産と家族関係の整理、原案づくりのご相談、公証役場との段取り、必要書類のご案内といった「お手伝い」の部分です。ここは、司法書士や弁護士に依頼した場合と役割としては変わりません。

誤解その三 「もめても、銀行が解決してくれる」

これが、もっとも注意していただきたい点です。信託銀行の遺言信託は、遺言の内容を粛々と実現していく手続きを前提に設計されたサービスです。相続人の間に対立があり、遺言の有効性が争われたり、遺留分をめぐって争いになったりした場合、銀行が代理人として相手方と交渉することはできません。弁護士でない者が報酬を得て法律事務を取り扱うことは、弁護士法72条により禁じられているからです。紛争性のある案件は、そもそも受託されないか、途中で辞任される取り扱いが定められているのが通常です。契約書・約款の該当条項は、お申込みの前に必ずご確認ください。

[「使えないサービス」という意味ではありません]
ここまで誤解を三つ挙げましたが、遺言信託が良くないものだと申し上げているのではありません。後述するとおり、相続人が円満で、財産が金融資産中心で、ご遺族に手続きの負担をかけたくないというご家庭にとっては、費用に見合う価値のある選択肢です。大切なのは、何をしてくれて、何をしてくれないのかを正確に知ったうえで選ぶことです。

信託銀行の「遺言信託」の正体――兼営法1条1項4号の併営業務

では、法律上はどこに位置づけられるサービスなのか。ここを押さえると、すべてが腑に落ちます。

根拠は「兼営法」――信託法ではありません

信託銀行は、信託業務のほかに、「金融機関の信託業務の兼営等に関する法律」(昭和18年法律第43号。以下「兼営法」)により、一定の業務をあわせて営むことが認められています。同法1条1項は、その業務を号ごとに列挙しており、4号に「財産に関する遺言の執行」が置かれています。

兼営法1条1項掲げられている業務
1号信託業法2条8項に規定する信託契約代理業
2号信託受益権売買等業務
3号財産の管理
4号財産に関する遺言の執行 ← 遺言信託の根拠
5号会計の検査
6号財産の取得、処分又は貸借に関する代理又は媒介
7号財産の管理、財産の整理又は清算、債権の取立て、債務の履行に関する代理事務

※ 上表は条文の内容を要約したものです。たとえば3号の「財産の管理」には、受託する信託財産と同じ種類の財産について、信託財産の管理の方法と同じ方法により管理を行うものに限る、という限定が付されています。正確な文言はe-Gov法令検索でご確認ください。

「遺言信託」という言葉には、まったく別の意味もあります

法律用語としての「遺言信託」は、遺言によって信託を設定することを指します。信託法3条は信託の方法として、1号に信託契約、2号に遺言、3号に自己信託(公正証書等による意思表示)を掲げており、この2号の方法によるものが、学問上いう遺言信託です。信託銀行の商品名としての「遺言信託」とは、まったく別物ですのでご注意ください。書籍やインターネットの記事で「遺言信託」という語に出会ったときは、それが商品名なのか、信託法3条2号の話なのかを、まず見分けていただく必要があります。ご相談の場で話がかみ合わなくなる原因の多くは、ここにあります。

サービスの中身は「3点セット」

各信託銀行の公表資料をみると、内容にはおおむね共通性があります。

  1. 遺言書作成のご相談財産と相続人の確認、遺言の内容についての助言、公証役場との連絡調整、必要書類のご案内。証書を作成するのは公証人であり、銀行はその前後を支える立場です。
  2. 遺言書の保管と、定期的な照会公正証書遺言の正本または謄本をお預かりします(原本は公証役場に保管されます)。多くの銀行が、年1回程度、ご住所やご意向に変わりがないかを照会する取り扱いを設けています。この「定期的に見直しの機会が来る」という点は、実は軽視できない価値です。
  3. 相続開始後の遺言執行ご逝去の連絡を受けて遺言執行者に就任し、相続人の調査、財産目録の作成、預金の払戻し、証券の名義変更、不動産の登記手配、そして相続人・受遺者への引渡しまでを行います。ここが遺言信託の本体であり、費用の大半もここにかかります。

法人が遺言執行者になれる根拠

「会社が遺言執行者になれるのですか」というご質問をよくいただきます。答えは「なれます」です。

民法1006条1項は、遺言者は遺言で一人または数人の遺言執行者を指定し、またはその指定を第三者に委託することができると定めています。そして民法1009条が定める遺言執行者の欠格事由は「未成年者及び破産者」だけです。法人を排除する規定は置かれていませんので、信託銀行のような法人も遺言執行者になることができます。

遺言執行者の権限については、民法1012条1項「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と定めています。また民法1015条により、遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずるとされています。遺言執行者の役割そのものについては遺言執行者とはの記事で詳しく整理しています。

「遺言代用信託」「家族信託」との違い――名前が似た三つを整理する

ご相談の現場で、いちばん交通整理が必要なのがこの三つです。表で並べてみます。

 遺言信託
(信託銀行の商品名)
遺言代用信託家族信託(民事信託)
法的な性質 遺言+遺言執行者への就任。兼営法1条1項4号の併営業務 信託契約。信託法90条が定める類型 信託契約(受託者が家族)。信託法にもとづく
効き始める時期 亡くなった時から 契約したときから(生前) 契約したときから(生前)
財産の名義 生前はご本人のまま 受託者(信託銀行等)へ移る 受託者(ご家族)へ移る
認知症への備え なりません(死亡が条件のため) 設計により対応し得る 主目的の一つ
典型的な使い方 遺産の分け方を決め、執行まで任せる 死亡後すぐに配偶者へ一定額を給付する、分割して給付する 自宅・収益不動産の管理、親なき後、事業承継

遺言代用信託とは(信託法90条)

信託法90条は、委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者が受益権を取得する旨の定めのある信託、および委託者の死亡の時以後に受益者が信託財産に係る給付を受ける旨の定めのある信託について、委託者が受益者を変更する権利を有すること等を定めています。遺言によらずに、遺言と似た効果を実現する信託であることから、実務上「遺言代用信託」と呼ばれています。

商品としては、亡くなった直後に、配偶者やお子さまがまとまった資金をすぐに受け取れるという点が大きな特徴です。預貯金口座は名義人の死亡が金融機関に伝わると凍結されるため、当座の葬儀費用や生活費に困る例が実際にあります。遺言代用信託は、この空白を埋める使われ方をしています。もっとも、預貯金についてはこの目的のために遺産分割前の払戻し制度(民法909条の2)も設けられていますので、あわせてご検討ください。詳しくは預貯金の払戻し制度の記事をご覧ください。

家族信託(民事信託)とは

受託者を信託銀行ではなく、ご家族にする信託です。認知症によってご本人の判断能力が失われても、受託者となったご家族が信託財産を管理・処分できるため、「資産凍結」を防ぐ手段として広まりました。生前から効力を持つという点で、遺言信託とは根本的に守備範囲が異なります。詳しくは家族信託(民事信託)とはの記事をご覧ください。

[どれか一つを選ぶ、という話ではありません]
これらは排他的な関係にはありません。実務では、認知症への備えとして家族信託を組み、信託財産に入れなかった財産について遺言を用意するといった併用がよく行われます。信託契約に入れた財産は、遺言の対象から外れるのが原則ですので、両方を作るときは、対象財産が重ならないよう整理することが欠かせません。ここは専門家の関与をお勧めする場面です。

遺言信託の流れ――申込みから遺言執行の完了まで

実際にお申し込みになった場合、どのように進むのか。おおまかな流れは次のとおりです。細部は銀行により異なりますので、必ず各行の説明資料でご確認ください。

STEP 1-3ご相談・原案づくり
公正証書遺言の作成
STEP 4-5遺言書のお預かり
年1回程度の照会
STEP 6-8相続開始のご連絡
遺言執行・完了報告
  1. ご相談・お申込み財産の内容、相続人の範囲、ご希望の分け方を整理します。相続人の確定には戸籍の収集が必要になります。戸籍の集め方と法定相続情報一覧図の記事もご参照ください。
  2. 遺言書の原案づくり銀行の担当者と内容を詰めます。ここで遺留分への配慮を必ず検討してください。遺留分を無視した内容は、争いの火種を遺すことになります。
  3. 公正証書遺言の作成公証役場で、証人2人以上の立会いのもと作成されます(民法969条)。証人は銀行が手配してくれる取り扱いが一般的です。公証人手数料は、銀行の手数料とは別に必要です。
  4. 遺言書のお預かり(保管)正本または謄本を銀行が保管します。原本は公証役場に保管されますので、万一のときも遺言そのものが失われることはありません。
  5. 定期的な照会年1回程度、ご住所・ご連絡先や、内容を変更するご意向がないかの確認が行われます。財産の内容や家族構成が変わったときは、このタイミングで見直しをご検討ください。
  6. 相続開始のご連絡ご逝去の際に、ご遺族から銀行へ連絡していただきます。連絡が来なければ執行は始まりませんので、遺言信託を申し込んでいることをご家族に伝えておくことが決定的に重要です。多くの銀行が「通知者」をあらかじめ届け出る仕組みを設けています。
  7. 遺言執行者への就任と通知銀行が遺言執行者に就任します。民法1007条2項により、遺言執行者は任務を開始したときは、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければならないとされています。また民法1011条1項により、遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付します。
  8. 執行と完了報告預金の払戻し、有価証券の名義変更や移管、不動産の登記手配(登記そのものは司法書士が行います)、相続人・受遺者への引渡しを進め、完了を報告します。相続税の申告が必要な場合、申告そのものは税理士の業務であり、遺言執行の範囲外とされているのが通常です。

「申し込んだこと」をご家族に伝えていないと、機能しません

遺言信託の実務で、私たちがもっとも心配しているのがこの点です。銀行は、お客さまが亡くなったことを自動的には知りません。ご遺族が「父は◯◯信託銀行に遺言を預けていた」とご存じなければ、遺言書は保管されたまま、遺産分割協議が進んでしまうおそれがあります。お申込みの控えや証書の写しを、ご家族が見つけられる場所に置いておく。エンディングノートに一行書いておく。信頼できるご家族に口頭で伝えておく。――どれか一つでも構いませんので、必ず手を打ってください。エンディングノートの記事もご参照ください。

費用はいくらかかるのか――基本手数料・保管料・遺言執行報酬

もっとも気になる点であり、そしてもっとも誤解が生じやすい点でもあります。遺言信託の費用は、大きく三段階に分かれます。

① 申込時の基本手数料・取扱手数料
+ ② 毎年の保管料
+ ③ 相続開始後の遺言執行報酬
費用の中心は③です。①だけを見て判断すると、見込みが大きく外れます

公表されている手数料の水準

各行が公表している料金表から、水準を整理します。下記は2026年8月時点で確認できた三井住友信託銀行および三菱UFJ信託銀行の公表料金表にもとづく目安であり、コースや契約内容によって異なります。また改定される可能性があります。

費用の種類公表されている水準(目安)備考
① 基本手数料・取扱手数料 おおむね33万円〜110万円 申込時に一度かかります。コース・プランによって幅があります。
② 保管料(年額) 無料〜年6,600円程度 無料としている銀行・コースもあります。長期にわたるため、総額でお考えください。
③ 遺言執行報酬 最低額でおおむね33万円〜154万円 実際は財産額に応じた料率で計算されるのが一般的で、財産が大きいほど増えます。最低額はあくまで下限です。
別途かかる実費 ―― 公証人手数料、戸籍等の取得費用、不動産の登録免許税、司法書士報酬、評価証明書の取得費用など。相続税申告が必要な場合の税理士報酬も別です。
[公証人手数料は、法令で決まっています]
公正証書遺言の作成にかかる公証人の手数料は、公証人手数料令によって定められており、目的の価額に応じて算定されます。銀行に頼んでも、司法書士に頼んでも、ご自身で公証役場に行っても、この部分の額は変わりません。最新の額は日本公証人連合会のサイトでご確認ください。

「高い」と感じるかどうかの分かれ目

合計すると、財産の規模によっては100万円を大きく超えることも珍しくありません。これを高いとみるか、妥当とみるか。私たちがご相談者にお伝えしているのは、次の見方です。

ご相談事例

※ 以下は、実際のご相談を踏まえて構成した架空の事例です。特定の個人・団体とは関係ありません。

「認知症に備えて遺言信託を申し込んだつもりでした」

ご相談にいらしたのは、80代のお父さまを介護されている50代のご長女の方でした。お父さまは3年前、長年お取引のある信託銀行の担当者に勧められて「遺言信託」を申し込まれたとのことです。ご長女は、そのとき同席されておられませんでした。

ご相談の内容は、こうでした。「父が最近、物忘れがひどくなってきました。銀行に信託しているのだから、これからは銀行が父の財産を管理してくれるのですよね」と。ご自宅の修繕費用を父名義の定期預金から出そうとしたところ、窓口で「ご本人の意思確認が必要です」と言われ、話が止まってしまったそうです。

私たちは、お手元の書類を拝見しました。そこにあったのは、公正証書遺言の謄本と、遺言書の保管に関するお預かり証でした。信託契約書ではありませんでした。私たちがご説明したのは、「これは、お父さまが亡くなられたときに効き始めるお約束です。生前の財産管理を銀行に託すものではありません」ということでした。

ご長女は言葉を失っておられました。「信託、と書いてあるのに」と。無理もないことだと思います。お父さまご自身も、「これで認知症になっても安心」と理解しておられた可能性があります。

もっとも、ここで申し上げたいのは「銀行が不親切だった」ということではありません。実際には、契約の書面にも説明資料にも、生前の財産管理は含まれない旨は記載されているのが通常です。問題は、「信託」という言葉から受ける印象が、あまりに強いことにあります。

その後の対応としては、お父さまの判断能力がまだ保たれている段階であったため、家族信託を検討する道と、財産管理委任契約と任意後見契約を組み合わせる道の二つをご提案しました。ご家族は前者を選ばれ、専門家とともに信託契約の設計に入られました。すでにある遺言との整理――信託財産に入れるものと、遺言で承継させるものを重ならないように振り分ける作業――が、実務上の山場でした。この事案から申し上げたいのは、「遺言信託は、認知症対策にはならない」という一点です。認知症に備える相続対策の記事もあわせてご覧ください。

遺言信託が向いている方、向いていない方

ここまでの整理を踏まえて、向き不向きをまとめます。

向いている方

向いていない方

― 私たちから一言 ―

「名前を疑ってください、と申し上げています」

遺言信託のご相談を受けるとき、私が最初に必ずお尋ねすることがあります。「その商品で、何を解決したいとお考えですか」です。

お答えは、大きく二つに分かれます。「亡くなったあと、子どもたちに面倒をかけたくない」という方と、「これから先、自分が判断できなくなったときが心配だ」という方です。前者であれば、遺言信託はよい選択肢になり得ます。けれども後者であれば、遺言信託ではまったく届きません。亡くなるまで、一円も動かせないからです。ところが商品名に「信託」とあるために、後者のご不安を抱えた方が、前者の商品を申し込んでしまう――この取り違えを、私たちは何度も見てまいりました。

もう一つ申し上げたいのは、費用の比べ方です。「銀行は高い」という声をよく聞きますが、費用の大半を占める遺言執行報酬は、誰に頼んでも発生するものです。弁護士でも、司法書士でも、税理士でも同じです。ゼロにできるのは、ご相続人ご自身が遺言執行者を務められる場合だけです。ですから比べるべきは、「銀行に払う総額」と「専門家に払う総額」、そして「ご遺族が自分で背負う時間と労力」の三つです。三つ目を軽く見積もりすぎている方が、実は少なくありません。戸籍を集め、金融機関を回り、相続人の間を取り持つ――それは、ご葬儀のあとの疲れきった時期に降りかかってきます。

そして最後に、順序を。まず「何を実現したいか」を決め、次に「どの道具を使うか」を選ぶ。この順序が逆になると、必ずどこかで無理が出ます。当センターでは、遺言信託・家族信託・遺言+専門家という選択肢を、特定の商品に肩入れせず、ご事情に沿ってご一緒に検討いたします。「銀行から勧められたのですが、これでよいのでしょうか」――そのご相談から、どうぞお気軽にお電話ください。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

遺言執行者を誰にするか――信託銀行・専門家・相続人の比較

遺言信託を選ぶかどうかは、突き詰めれば「遺言執行者を誰にするか」という問題に行き着きます。選択肢を並べて比べてみます。

遺言執行者費用強み留意点
信託銀行 高め
(最低額に加え財産額に応じた料率)
法人としての継続性、金融資産の手続きに強い、窓口が一本化される 紛争性のある案件は受託されない/辞任される取り扱いが通常。登記・税務申告は別の専門家。
弁護士 中〜高 紛争になっても対応できる唯一の選択肢 個人の場合、ご本人より先に亡くなる・引退するリスク。予備の指定を検討。
司法書士 不動産登記に強い。財産に不動産が多い場合に相性がよい 紛争になった場合は弁護士へ引き継ぐ必要。上と同じく継続性の検討を。
税理士 相続税申告と一体で進められる 同上。相続税がかからない場合は強みが出にくい。
相続人のうち1人 報酬をゼロにできる 費用がかからない。事情をよく分かっている 手続きの負担が重い。他の相続人から公平性を疑われやすいのが最大の難点。
指定しない ―― ―― 必要があるときは、利害関係人の請求により家庭裁判所が選任できます(民法1010条)。ただし手間と時間がかかります。
[「予備的な指定」を忘れずに]
個人の専門家やご家族を遺言執行者に指定される場合、その方が先に亡くなられたり、就任を辞退されたりする可能性があります。遺言の中に「◯◯が遺言執行者の就任を承諾しないとき、または先に死亡したときは、△△を遺言執行者に指定する」といった予備的な条項を置いておくことで、家庭裁判所の選任手続きを避けられます。お作りになる遺言に、この一文が入っているかどうか、ぜひご確認ください。

遺留分への配慮は、どの選択肢でも欠かせません

誰を遺言執行者にするかにかかわらず、遺言の内容そのものが遺留分を大きく侵害していれば、争いは避けられません。民法1042条は、兄弟姉妹以外の相続人が遺留分を有するものとし、直系尊属のみが相続人である場合は被相続人の財産の3分の1、それ以外の場合は2分の1を遺留分を算定するための財産の価額に乗じる割合と定めています。

また民法1048条により、遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは時効によって消滅し、相続開始の時から10年を経過したときも消滅するとされています。遺言信託を申し込めば遺留分の問題が消える、ということはありません。詳しくは遺留分とはの記事をご覧ください。

遺言信託でよくある7つの落とし穴

当センターへのご相談の中で見えてきた、遺言信託をめぐるよくある誤解と落とし穴を7つに整理いたしました。

  1. 「信託」という名前から、財産を預けて運用してもらえると思っている 信託銀行の遺言信託は、兼営法1条1項4号の「財産に関する遺言の執行」を中核とする併営業務であり、信託法上の信託契約ではありません。生前、財産の名義はご本人のままです。
  2. 認知症への備えになると思っている 遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生じます(民法985条1項)。生前の判断能力の低下には、まったく効きません。生前の備えが目的であれば、家族信託・任意後見契約・財産管理委任契約をご検討ください。
  3. 費用を「申込時の手数料だけ」だと思っている 費用の中心は相続開始後の遺言執行報酬で、財産額に応じた料率で計算されるのが一般的です。公証人手数料・登録免許税・司法書士報酬・税理士報酬は別途かかります。総額でご確認ください。
  4. もめても銀行が解決してくれると思っている 紛争性のある案件は、受託されないか、途中で辞任される取り扱いが通常です。弁護士でない者が報酬を得て法律事務を取り扱うことは弁護士法72条により禁じられています。すでに対立があるなら、最初から弁護士にご相談を。
  5. 申し込んだことを、ご家族に伝えていない 銀行は、お客さまが亡くなったことを自動的には知りません。ご遺族から連絡がなければ執行は始まりません。通知者の届出、控えの保管場所、エンディングノートへの記載など、必ず手を打ってください。
  6. 遺留分に配慮しない内容にしてしまう 民法1042条により、兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があります。遺言信託を使っても、遺留分侵害額請求を防ぐことはできません。付言事項で理由を丁寧に書き添えることもご検討ください。
  7. 作ったきり、見直していない 財産の内容も家族構成も、10年経てば変わります。遺言に書いた財産をすでに処分していた、受遺者が先に亡くなっていたという例は珍しくありません。多くの銀行が年1回程度の照会を行っていますので、その機会を「見直しの合図」として使ってください。

この記事のまとめ

  • 信託銀行が「遺言信託」の名称で提供しているサービスは、信託法上の信託契約ではない。金融機関の信託業務の兼営等に関する法律(兼営法)1条1項4号の「財産に関する遺言の執行」を中核とする併営業務である。
  • サービスの中身は、①遺言書作成のご相談 ②遺言書(正本または謄本)の保管と定期的な照会 ③相続開始後の遺言執行という3点セットである。
  • 遺言書そのものは遺言者本人の意思表示であり、実務では公正証書遺言の方式で作成される。証書を作成するのは公証人である(民法969条)。
  • 法律用語としての「遺言信託」は、信託法3条2号の「遺言による信託の設定」を指す。信託銀行の商品名としての遺言信託とは別物である。
  • 民法1006条1項により遺言者は遺言で遺言執行者を指定でき、民法1009条の欠格事由は「未成年者及び破産者」のみであるため、法人も遺言執行者になれる。
  • 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法1012条1項)、その権限内で遺言執行者であることを示してした行為は相続人に対して直接に効力を生ずる(民法1015条)。任務開始後は遅滞なく遺言の内容を相続人に通知し(民法1007条2項)、相続財産の目録を作成して交付する(民法1011条1項)。
  • 遺言代用信託は信託法90条が定める類型で、生前に締結する信託契約である。委託者の死亡時に受益者となるべき者を指定する等の定めを置き、死亡直後の資金需要に応えられる点が特徴。家族信託(民事信託)は受託者を家族とする信託で、認知症対策を主目的の一つとする。いずれも遺言信託とは効き始める時期が根本的に異なる。
  • 費用は①申込時の基本手数料・取扱手数料(おおむね33万円〜110万円) ②保管料(無料〜年6,600円程度) ③遺言執行報酬(最低額でおおむね33万円〜154万円、実際は財産額に応じた料率)の三段階。公証人手数料・登録免許税・司法書士報酬・税理士報酬は別途。金額は銀行・コースにより異なり、改定され得るため、必ず各行の最新の料金表でご確認いただきたい。
  • 向いているのは、相続人が円満で、財産が金融資産中心で、ご遺族に事務負担をかけたくない場合。法人としての継続性も実質的な強みである。向いていないのは、費用を抑えたい場合、不動産中心の場合、すでに対立がある場合、認知症対策が主目的の場合、複雑な事業承継設計が必要な場合。
  • 遺言執行者の選択肢は、信託銀行・弁護士・司法書士・税理士・相続人本人・指定しない(民法1010条により家庭裁判所が選任し得る)。個人を指定する場合は、先に亡くなられた場合に備えた予備的な指定を置いておくとよい。
  • 遺言信託を使っても遺留分の問題は消えない。民法1042条により兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があり、その割合は直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1である。遺留分侵害額請求権は、知った時から1年、相続開始から10年で消滅する(民法1048条)。
  • 銀行は依頼者の死亡を自動的には知らない。申し込んだことをご家族に伝えておかなければ、遺言書が保管されたまま遺産分割協議が進んでしまうおそれがある。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。「遺言信託」は信託銀行等が用いている商品名であり、その内容・手数料・約款は金融機関ごと、コースごとに異なります。本記事に記載した手数料の水準は、2026年8月時点で確認できた一部の金融機関の公表内容にもとづく目安であり、特定の金融機関の商品を推奨するものでも、実際のお見積もりを保証するものでもありません。料金は改定される場合がありますので、必ず各金融機関の最新の料金表と契約条項をご確認ください。紛争性のある案件の取り扱い、辞任・解除の条件、手数料の返還の可否も、契約によって異なります。法令および運用は改正される可能性があります。本記事の内容は2026年8月時点の情報に基づいていますが、実際にご検討・お手続きをされる際は、必ずe-Gov法令検索法務省国税庁などの一次情報で最新の内容をご確認のうえ、弁護士・司法書士・税理士などの専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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