清算型遺贈とは――「売って、お金にして、遺す」という遺言

まず、言葉の位置づけを確認しておきます。

遺贈には「物で渡す」型と「換価して渡す」型がある

遺言で財産を人に与えることを遺贈といいます。遺贈のうち、「甲土地を与える」というように、財産を特定して与えるもの特定遺贈「財産の3分の1を与える」というように、割合で与えるもの包括遺贈と呼びます。

これに対して清算型遺贈は、与える対象の切り分け方ではなく、「渡し方」に着目した呼び名です。不動産や有価証券といった財産を、いったん遺言執行者が売却して金銭に換え、そこから債務・費用を支払ったうえで、残った金銭を受遺者に与える――この一連の流れを遺言で指示する方式を、実務上そう呼んでいます。「換価型遺言」「換価分配型の遺言」という呼び方をされることもあります。

清算型遺贈 = 換価(売る)
清算(債務・費用を払う)
分配(残額を渡す)
3つがそろってはじめて機能します。ひとつでも書き漏れると、実務が止まります

遺産分割の「換価分割」とは、似ているようで違う

相続人どうしの話し合いで、不動産を売ってその代金を分けるという方法があります。これは換価分割と呼ばれ、遺産分割の方法のひとつです。清算型遺贈は結果だけ見れば似ていますが、出発点がまったく違います。

比較項目清算型遺贈(換価型遺言)換価分割
決める人 遺言者(生前のご本人) 相続人全員(遺産分割協議)
いつ決まるか 遺言を書いた生前の時点 相続開始後の話し合いがまとまった時点
実行する人 遺言執行者 相続人(代表者を決めることが多い)
まとまらないリスク 遺言で決まっているため協議は不要 ひとりでも反対すれば売れない
相続人以外に渡せるか 渡せる(受遺者を自由に指定できる) 渡せない(相続人の間で分ける制度)

つまり清算型遺贈の最大の値打ちは、「売る」という判断そのものを、ご本人が生前に済ませてしまえることにあります。残されたご家族に「売るか売らないか」を議論させない――これが、この方式が選ばれるいちばんの理由です。遺産分割の4つの方法については遺産分割の方法の記事をご覧ください。

どんなときに選ばれるのか――おひとりさま・遠方の実家・遺贈寄付

実務でこの方式が力を発揮する場面は、おおよそ次の4つです。

1. 誰も住まない実家がある

もっとも多いのがこの場面です。ご相続人が全員すでに持ち家をお持ちで、実家に戻る予定がない。それでも不動産のまま渡してしまうと、共有になり、意見が割れ、空き家のまま年月が過ぎます。固定資産税と管理の負担だけが続くことになりかねません。空き家の相続については実家・空き家の相続の記事もご覧ください。

2. 財産の大半が不動産で、公平に分けにくい

お子さまが3人いらして、財産が自宅1軒と少額の預貯金だけというご家庭は珍しくありません。現物で分ければ必ず偏りますし、代償金を用意できる方がいるとも限りません。売って金銭にしてしまえば、1円単位で分けられます。

3. おひとりさま・相続人がいない、または疎遠

相続人がいらっしゃらない場合、財産は最終的に国庫に帰属し得ます。「お世話になった方に遺したい」「団体に寄付したい」というご希望があるなら、遺言が必要です。そして受遺者が不動産をもらっても困るのが実情ですので、換価して金銭で渡す清算型が自然な選択になります。おひとりさまの相続もあわせてご覧ください。

4. 遺贈寄付をしたい

公益法人やNPOへの遺贈寄付では、多くの団体が不動産そのものの受入れを断ります。維持費・売却の手間・契約不適合の責任を負えないためです。「換価してから金銭で寄付する」形にしておくことが、寄付を確実に届ける現実的な方法になります。ただし遺贈寄付には「みなし譲渡課税」という別の論点がありますので、遺贈寄付の記事を必ずあわせてご確認ください。

[向かない場面もあります]
ご家族がその家に住み続ける事業で使っている土地である小規模宅地等の特例を使いたいといった場合には、換価してしまうことがかえって不利になることがあります。「売ることが最善か」は、財産の中身とご家族の状況によって変わります。まずはそこから一緒に整理いたします。

遺言書の書き方――換価・清算・分配の3つを書き切る

清算型遺贈は、書き方が甘いと実務が止まるタイプの遺言です。逆にいえば、押さえるべき点は決まっています。

最低限、書き込むべきこと

  1. 換価する財産を特定する 不動産であれば登記事項証明書の記載どおりに、所在・地番・地目・地積、建物なら家屋番号・構造・床面積まで書きます。「自宅」「実家」といった呼び名だけでは足りません。
  2. 換価(売却)することを明記する 「遺言執行者において売却し、換価する」という指示を置きます。ここが抜けると、遺言執行者が売却権限を持つかどうかで争いになります。
  3. 清算する費用の範囲を書く 売買に伴う仲介手数料、登記費用、測量費、残置物の処分費、公租公課、遺言執行者の報酬、そして被相続人の債務――これらを売却代金から控除する旨を書いておきます。
  4. 誰に、どういう割合で分配するかを書く 「残額を、Aに2分の1、Bに2分の1の割合で与える」のように、金額ではなく割合で書くのが実務の定石です。売却価格は事前に確定しないためです。
  5. 遺言執行者を指定する 清算型遺贈は遺言執行者がいて初めて動く遺言です。指定を忘れると、家庭裁判所への選任申立てが必要になります(民法1010条)。
  6. 予備的な定めを置く 受遺者が先に亡くなっていたら誰に渡すか売却できなかったらどうするかを書いておきます。詳しくは第7章で扱います。

公正証書遺言で作ることを強くおすすめします

清算型遺贈は、遺言執行者が金融機関・不動産会社・法務局・買主と、何度も書面を突き合わせながら進める遺言です。自筆証書ですと、方式の不備、内容の不明確さ、そして家庭裁判所の検認という関門が加わり、実行が滞りやすくなります。公証人が関与し、原本が公証役場に保管される公正証書遺言のほうが、結果としてご家族の負担を減らします。作成の流れは公正証書遺言の作り方をご覧ください。

「相続させる」と書いてはいけない場面

清算型遺贈で受遺者が相続人以外の方である場合、「相続させる」という文言は使えません。「相続させる」は、相続人に対して用いる表現だからです。相続人以外には「遺贈する」と書きます。この使い分けは登録免許税や対抗要件にも影響しますので、「相続させる」と「遺贈する」の違いの記事もあわせてご確認ください。

ご相談事例

※ 以下は、実際のご相談を踏まえて構成した架空の事例です。特定の個人・団体とは関係ありません。

「三人とも家を持っています。争わせたくないのです」

ご相談にいらしたのは、80代の女性でした。ご主人を早くに亡くされ、地方都市の一戸建てにおひとりでお住まいです。お子さまは3人。全員が県外にお住まいで、それぞれ持ち家をお持ちとのことでした。

「この家は、誰も帰ってきません。売って三等分してほしいのです。でも、『長男に相続させる』と書いたら、あの子が売る役目を全部背負うことになりますよね」――そうおっしゃいました。とても本質を突いたご懸念です。実際、その形にすると、売却の判断も、値下げの決断も、残置物の処分も、すべて長男が背負い、あとから「安く売りすぎではないか」と言われかねません。

そこで清算型遺贈をご提案しました。「自宅土地建物を遺言執行者において売却し、その代金から一切の費用および債務を控除した残額を、長男・長女・次男に各3分の1の割合で与える」という組み立てです。遺言執行者には、ご相談者が信頼される司法書士の先生に就いていただくことにしました。

そのうえで、3つの点をお伝えしました。ひとつは、登記はいったんお子さま3人の名義を経由すること。「一度子どもの名義になるのですか」と驚かれましたが、登記実務上はそうなる取扱いとされているとご説明しました。ふたつめは、売却に伴う譲渡所得税の負担をどう考えるかを、税理士を交えて事前に確認しておくこと。みっつめは、売れなかった場合の定めを置いておくことです。

後日、ご本人から「これで、あの子たちに『どうする?』と考えさせずに済みます」とお言葉をいただきました。清算型遺贈がいちばん効くのは、財産の多寡ではなく、「決断そのものを、遺された人に背負わせない」という点にあります。

遺言執行者の権限――民法1012条・1013条という骨格

清算型遺贈を支えているのは、遺言執行者の権限に関する民法の規定です。

民法1012条――「必要な一切の行為」をする権利義務

民法1012条は、遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有すると定めています。清算型遺贈でいえば、不動産の管理、売却の交渉、売買契約の締結、登記の申請、代金の受領、債務の弁済、受遺者への分配までが、この「必要な一切の行為」に含まれ得ることになります。

また、同条は遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができるとしています。2018年(平成30年)の相続法改正で明確にされた点で、相続人が「私は反対だ」と主張しても、遺贈の履行そのものを止められる立場にはないということを意味します。

民法1015条――執行者の行為は相続人に直接効力が及ぶ

民法1015条は、遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずると定めています。遺言執行者が結んだ売買契約の効果が、相続人にそのまま及ぶという規定です。清算型遺贈の売買が成立する法的な土台が、ここにあります。

民法1013条――相続人の妨害行為

民法1013条は、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができないと定め、これに違反してした行為は無効としています。

ただし「善意の第三者には対抗できない」

民法1013条は、相続人の妨害行為を無効としつつ、その無効を善意の第三者に対抗することができないという留保を置いています。かみ砕くと、相続人が勝手にその不動産を第三者に売ってしまい、その第三者が遺言執行者の存在を知らなかった場合には、遺言執行者や受遺者の側から「無効だ」と言い切れないことがあるということです。だからこそ、遺言執行者は就任後すみやかに動く必要があります。放置している間に登記が動いてしまうと、取り返しがつかない場面が生じ得ます。

民法1016条――復任権(専門家に任せられる)

民法1016条は、遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができると定めています(遺言者が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従います)。ご家族を遺言執行者に指定したうえで、実務は司法書士や弁護士に委ねるという組み立ても可能だということです。

遺言執行者そのものの役割・選び方については、遺言執行者とはの記事で詳しく扱っています。

[条文の引用について]
条文の番号・項の構成は改正により変わることがあります。本記事では条単位で示しています。正確な条文の文言は、e-Gov法令検索の民法(第五編 相続)で最新のものをご確認ください。

登記はどう動くか――いったん相続人名義を経由する

ここが、清算型遺贈でもっとも誤解の多いところです。

「被相続人 → 買主」の直接移転はできない

感覚的には、「亡くなった方の名義から、そのまま買主の名義へ移せばよい」と思えます。ところが、登記実務ではそうなっていません。

清算型遺贈にもとづいて遺言執行者が不動産を売却し、買主名義への所有権移転登記を申請する場合には、その前提として、相続による所有権移転登記を要するとされています(昭和45年10月5日民事甲第4160号民事局長回答)。つまり、2段階の登記を踏むことになります。

STEP 1 被相続人 → 法定相続人
(登記原因:相続)
STEP 2 相続人 → 買主
(登記原因:売買)

相続人の協力がなくても進められる

「では、相続人が印鑑を押してくれなかったら止まるのでは」と思われるかもしれません。ここが実務の要点です。前提となる相続登記については、遺言執行者が相続人に代位して単独で申請できるとされているのが登記実務の取扱いです。相続人の同意や委任がなくても、第1段階は進められるということです。

一方で、第2段階の買主への売買による移転登記は、通常の売買と同じく売主側と買主側の共同申請になります。ここで売主側の当事者として関与するのが遺言執行者です。

段階登記原因申請の形
第1段階 相続(法定相続分による名義) 遺言執行者が相続人に代位して単独申請できるとされている
第2段階 売買 遺言執行者(売主側)と買主の共同申請

相続登記の登録免許税は0.4%

相続による所有権移転登記の登録免許税は、不動産の価額(固定資産課税台帳の登録価格をもとに計算します)の1,000分の4、すなわち0.4%です(登録免許税法別表第一)。清算型遺贈では、この第1段階の登録免許税を、売却代金から控除される費用としてあらかじめ見込んでおく必要があります。なお、一定の要件を満たす土地の相続登記には免税措置が設けられている場合があり、適用期限もあります。

第2段階の売買による移転登記の登録免許税は、実務上は買主が負担するのが通例ですが、これは契約で定める事柄です。税率は本則のほかに軽減措置が設けられている場合があり、適用期限もあります。最新の税率は国税庁のタックスアンサーでご確認ください。

[相続登記の義務化との関係]
2024年(令和6年)4月1日から相続登記が義務化され、不動産を取得したことを知った日から3年以内の登記申請が求められ、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象とされています。清算型遺贈では第1段階として相続登記を経由しますので、そこは自然と満たされる形になりますが、「いずれ売るのだから登記は後で」と放置するのは危険です。詳しくは相続登記の記事をご覧ください。
― 私たちから一言 ―

「売る」という決断を、遺された人に背負わせない

遺言のご相談を長くお受けしてきて、しみじみ思うことがあります。ご家族を苦しめるのは、財産の額ではなく、「決めなければならないこと」の重さだということです。

実家を売るかどうか。いくらで売るか。いつ手放すか。これは、値段の問題であって、値段の問題ではありません。そこには子ども時代の記憶があり、親の面影があり、兄弟それぞれの思い入れがあります。ある方は「早く現金にしたい」と言い、ある方は「もう少し待てば高く売れる」と言い、ある方は「そもそも売りたくない」と黙り込む。誰も悪くないのに、話が進まない。そういう場面を、私たちは何度も見てまいりました。

清算型遺贈は、その決断を、ご本人が生前に引き受けてしまう方式です。「売ってください」と親御さんご自身が書いておく。それだけで、お子さまたちは「売るかどうか」を議論しなくてよくなり、ただ受け取る側に回れます。これは、法律の技術というより、やさしさの設計だと私は思っています。

ただし、正直に申し上げなければならないこともあります。この方式は、書きっぱなしでは動きません。登記をどう通すか、税金を誰が負担するか、売れなかったらどうするか――詰めるべき点が確実にあり、そこを飛ばした遺言は、遺言執行者を苦しめます。私たちがご相談をお受けするときは、必ず司法書士・税理士と組んで、「実際に動かせるか」を先に確認してから文案を作ります。遺言は、書いた瞬間ではなく、10年後、20年後に動いてはじめて意味を持つ書類だからです。「実家をどうしようか」とお考えでしたら、その段階でご相談ください。順番を立てて、ご一緒に整理いたします。

一般社団法人相続なんでも相談センター 代表理事 宮野 宏樹

税金はどうなるか――譲渡所得税を誰が負担するのか

清算型遺贈で、もっとも慎重に扱うべき論点がここです。

2つの税金が登場する

清算型遺贈では、性質の異なる税金が2つ関係します。混同すると話が噛み合わなくなりますので、まず分けて考えます。

税目何に対する税かだいたいの登場人物
相続税 亡くなったことで財産を取得したことに対する税 相続人・受遺者
譲渡所得税(所得税・住民税) 不動産を売却して利益が出たことに対する税 ここが論点です

譲渡所得税の負担者――整理が分かれ得る論点です

清算型遺贈では、登記名義がいったん相続人になり、その名義のもとで売買が行われます。しかし、売却代金の実質的な行き先は受遺者です。この「名義」と「実質」のねじれが、譲渡所得税の負担者をめぐる議論を生んでいます。

実務では、登記名義人である相続人に課税されるという整理と、実質所得者課税の考え方(所得税法12条)から、譲渡による利益を実際に享受する受遺者に帰属するという整理の両方が示されており、遺言の書きぶり、代金の帰属のさせ方、包括遺贈か特定遺贈か、清算の仕組みなどによって結論が分かれ得ます。

ここは断定できない論点です。必ず事前に税理士へ

本記事では、「譲渡所得税は必ず◯◯が負担する」という書き方をあえていたしません。個別の事案によって整理が異なり得るためです。もっとも避けたいのは、「相続人が、一円も受け取っていないのに納税だけ求められる」という事態です。これは実際に起こり得ます。
対策は明快で、遺言を作る段階で税理士に確認し、必要な手当てを遺言の文面に書き込んでおくことです。たとえば、売却に伴って課される公租公課を売却代金から控除する費用に含めておくといった定め方が考えられます。書いてあるかどうかで、遺言執行者の動きやすさがまるで違います。最新の取扱いは国税庁および税理士にご確認ください。

取得費と所有期間は被相続人から引き継ぐ

相続や遺贈によって取得した資産を売却する場合、取得費と取得の時期は、原則として被相続人のものを引き継ぎます。したがって、被相続人が古くから所有していた土地であれば、長期譲渡所得として扱われることになります。一方で、取得価額が分からない場合には、収入金額の5%を概算取得費とする方法が用意されています。この点は相続した不動産を売ったときの譲渡所得税の記事で詳しく扱っています。

不動産取得税と相続税の課税対象

相続による不動産の取得は、不動産取得税が課されないとされています(地方税法73条の7)。清算型遺贈の第1段階(相続登記)は相続による取得ですので、この扱いになります。受遺者が受け取るのは金銭であり、不動産そのものを取得するわけではありません。

相続税については、受遺者が「換価代金の交付を受ける権利」を遺贈により取得したと見るのか、不動産を取得したうえで換価されたと見るのかによって評価の考え方が変わり得ます。ここも個別性が高く、断定を避けるべき領域です。相続税の申告が必要になりそうな規模であれば、遺言作成の段階から税理士に入っていただくことを強くおすすめします。

段取りと期間――「売れなかったとき」まで書いておく

最後に、実際の流れと、遺言に書き足しておきたい定めを見ます。

相続開始からの流れ

  1. 遺言執行者の就任・通知 遺言執行者は就任を承諾したら、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知します。あわせて財産目録を作成し、相続人に交付します。
  2. 相続登記(第1段階) 法定相続分による相続登記を入れます。相続人の協力がなくても、遺言執行者が代位して申請できるとされている段階です。
  3. 売却活動 不動産会社への媒介依頼、境界の確認、残置物の処分、必要に応じて測量。ここがいちばん時間のかかる工程です。
  4. 売買契約・決済・移転登記(第2段階) 遺言執行者が売主側として契約し、決済と同時に買主へ移転登記します。
  5. 清算 代金から仲介手数料、登記費用、測量費、処分費、公租公課、被相続人の債務、遺言執行者の報酬を支払います。
  6. 分配と報告 残額を受遺者に、遺言で定めた割合で交付します。収支の顛末を書面で報告し、執行を終了します。

期間の目安は、売却の難易度によって大きく変わります。都市部の流通性の高いマンションであれば数か月で終わることもありますが、地方の戸建て、私道に接する土地、境界が未確定の土地、農地などでは、1年以上かかることも珍しくありません。相続税の申告期限は相続開始を知った日の翌日から10か月以内ですので、売却が申告期限に間に合わないことを前提に段取りを組む必要があります。

「売れなかったとき」の定めを置く

清算型遺贈でもっとも書き漏らされやすいのが、この予備的な定めです。

書いておきたい3つの予備条項
一定期間内に売却できない場合の扱い
受遺者が先に死亡していた場合の扱い
遺言執行者が就任できない場合の後任
いずれも「起こらないはず」のことです。起こったときに困るのも、また同じ理由からです

①については、「相当期間内に相当価格で売却できないときは、◯◯に現物のまま与える」といった定め方や、売却価格の下限についての考え方を示しておく方法が考えられます。下限を厳格に書きすぎると、かえって売却できなくなる点には注意が必要です。

遺留分への配慮を忘れない

清算型遺贈で相続人以外の方や団体に多くを渡す場合、兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があります。遺留分を侵害する内容であっても遺言自体が無効になるわけではありませんが、遺留分侵害額請求を受ける可能性があり、その請求は金銭の支払いを求めるものとされています。換価して金銭が手元にある状態は、対応しやすいという面もあります。遺留分については遺留分の記事をご覧ください。

清算型遺贈でよくある7つの落とし穴

最後に、実務でとくに多い誤解を7つ、整理いたします。

  1. 「被相続人から買主へ直接移転できる」と思っている 登記実務では、前提として相続による所有権移転登記を経由する取扱いとされています(昭和45年10月5日民事甲第4160号民事局長回答)。「一度、相続人名義になる」ことを、ご家族に事前に説明しておかないと、決済直前に驚かれます。
  2. 遺言執行者を指定し忘れる 清算型遺贈は遺言執行者がいて初めて動く遺言です。指定がなければ家庭裁判所に選任を申し立てることになり(民法1010条)、その分だけ時間と費用がかかります。
  3. 分配を「金額」で書いてしまう 「Aに1,000万円、Bに1,000万円」と書くと、売却価格が想定を下回ったときに配分が破綻します。原則は割合で書きます。
  4. 清算する費用の範囲を書いていない 仲介手数料・登記費用・測量費・残置物の処分費・公租公課・執行者報酬――これらを代金から控除できると書いていないと、遺言執行者が立替えを迫られることがあります。
  5. 譲渡所得税の負担を詰めないまま作成する 誰が納税義務を負うのかは、事案により整理が分かれ得る論点です。「一円も受け取っていない相続人に納税だけが残る」事態を避けるため、遺言作成の段階で税理士に確認してください。
  6. 売れなかったときの定めがない 地方の不動産、私道負担のある土地、境界未確定の土地は、想定より売却に時間がかかります。予備的な定めがないと、遺言執行が宙に浮きます。
  7. 遺言執行者が就任後すぐに動かない 民法1013条により相続人の妨害行為は無効とされますが、その無効を善意の第三者には対抗できないとされています。登記が先に動いてしまうと、取り返しがつかない場面が生じ得ます。就任したら、まず相続登記です。

この記事のまとめ

  • 清算型遺贈(換価型遺言)とは、遺言で財産を換価(売却)し、その代金から債務・費用を清算したうえで、残額を受遺者に与える方式の遺言。換価・清算・分配の3つを書き切ることが要点。
  • 相続人どうしの換価分割と結果は似るが、「売る」という決断をご本人が生前に済ませてしまう点、相続人以外にも渡せる点が決定的に異なる。
  • 選ばれる場面は、誰も住まない実家がある/財産の大半が不動産で分けにくい/おひとりさま・相続人がいない/遺贈寄付をしたいの4つが典型。
  • 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し、遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができる民法1012条)。清算型遺贈は遺言執行者の指定が事実上必須
  • 遺言執行者が権限内で遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接その効力を生ずる民法1015条)。遺言執行者は、自己の責任で第三者に任務を行わせることができる民法1016条、遺言に別段の意思表示があればそれに従う)。
  • 民法1013条は、遺言執行者がある場合の相続人の妨害行為を無効としつつ、その無効を善意の第三者に対抗することができないとしている。就任後すみやかに登記を入れることが実務上の防御になる。
  • 登記は2段階①被相続人から法定相続人への相続登記 → ②相続人から買主への売買による移転登記前提として相続登記を要するとされている(昭和45年10月5日民事甲第4160号民事局長回答)。第1段階は遺言執行者が相続人に代位して単独申請できるとされるのが登記実務。
  • 相続による所有権移転登記の登録免許税は0.4%(登録免許税法別表第一)。清算型遺贈では原則として発生する費用なので、控除する費用として見込んでおく(一定の要件を満たす土地には免税措置が設けられている場合がある)。
  • 譲渡所得税を誰が負担するかは、事案により整理が分かれ得る論点。登記名義人である相続人に課税されるという整理と、実質所得者課税(所得税法12条)により受遺者に帰属するという整理の双方がある。遺言作成の段階で税理士に確認し、公租公課を控除費用に含めるなどの手当てを文面に書いておく。
  • 取得費と取得の時期は被相続人から引き継ぐ。相続による不動産の取得は不動産取得税が課されないとされている(地方税法73条の7)。
  • 遺言には、①売却できない場合、②受遺者が先に死亡した場合、③遺言執行者が就任できない場合の予備的な定めを置く。売却は1年以上かかることも珍しくなく、相続税の申告期限(10か月)に間に合わない前提で段取りを組む。
  • 兄弟姉妹以外の相続人には遺留分がある。相続人以外や団体に多くを渡す設計では、遺留分侵害額請求を受ける可能性を踏まえて組み立てる。

参考文献(一次情報)

※本記事は一般的な解説を目的としたものであり、個別の事情により取り扱いが異なる場合がございます。清算型遺贈の文案が有効かつ実行可能か、遺言執行者にどこまでの権限を与えるか、登記をどの順序で通すか、そして売却に伴う譲渡所得税を誰が負担するかは、いずれも個別の事実関係と法令・通達の解釈、および遺言の具体的な書きぶりによって判断される事項であり、本記事の記載によって結論を保証するものではありません。とりわけ譲渡所得税の負担者については、実務上、整理が分かれ得る論点です。本記事は特定の結論を断定するものではありませんので、必ず遺言作成の段階で税理士・司法書士・弁護士にご確認ください。また、登記の先例・取扱いおよび登録免許税の税率(軽減措置を含む)は変更されることがあります。記載した条文番号・先例・税率は執筆時点で確認したものですが、法令および運用は改正される可能性があります。本記事の内容は2026年8月時点の情報に基づいていますが、実際にお手続きをされる際は、必ずe-Gov法令検索法務省国税庁などの一次情報で最新の内容をご確認のうえ、専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによる損害等について、当センターは責任を負いかねます。

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